読書百景
エッセイやノンフィクションなど、連載作品をまとめました。ここに収録された作品は、いずれ単行本として出版する予定です。
紙の本、電子書籍、オーディオブック、点字…本の味わい方は人それぞれ。これからの読書のありかたや、読書バリアフリーに関する話題を発信します。
本連載は、上海在住経験があり、民主化デモが吹き荒れた香港のルポルタージュなどをものしてきた西谷格氏による、中国・新疆ウイグル自治区の滞在記です。少数民族が暮らす同地は、中国当局による監視が最も厳しい地として知られています。
編集者のつぶやき、ぼやき、たまに喜びを綴っています。
誰にも教えたくない、心の中に隠しつづけたい話はどんな人にでもあるだろう。いつかバレたら、と考えるだけで、冷たい汗が出て心がドキドキしはじめる。だから絶対に誰にも言わない。 例えばこのような話。 夫と一緒に日本に来てから2年、私たちは埼玉県朝霞市から都内に引っ越すことを決めた。新しい住まいは、家主が手入れをしない庭に囲まれ、70年代に建てられた木造アパートの一階だった。冬は非常に寒く、畳や壁の隙間から冷たい風が吹き込む。夏は死ぬほど湿気で暑く、ゴキブリはもちろん、さま
女性たちを「家族の恥」に MSFの助産師・村上千佳によれば、兵士らが女性に性暴力を働くのは、実は性のはけ口などではないという。 「全ては、この土地に世界的に豊かな鉱物資源が埋蔵されていることにあるんです」 武装勢力にとって、鉱物資源に絡む富と利権は絶対に手に入れたいものだ。それにはその土地を支配しなくてはならない。だから先住民を追い出す必要がある。そのための手段として、性暴力が使われてきた。働き手である土地のキーパーソンである女性たちに性暴力を加え、「家族の恥」とす
タイトルは発明である この夏の東京は、強烈な雷雨に見舞われることが多かったが、この日も例外ではない。講義中には屋根を叩く雨音と、壁と床を揺らす雷の振動が、会場の緊張感をいやおうなしに高めていく。 初回講義で『誘拐ジャパン』のテーマを「みんなが共犯者」と喝破したのは小守いつみであった。本作の担当編集である柏原航輔も、この言葉を「読んでるあなたも共犯者」と言い換えてオビに採用したほどだ。 本の個性を一言で言い当てた小守は、群衆たちを描いたイラストでその個性を表現してみ
ついに最終授業! 30年以上にわたって1万冊超の本を装丁してきたブックデザイナー・鈴木成一による「超実践 装丁の学校」がついに最終授業を迎える。全5回の学び舎が始まったのは6月24日のことであった。 15人の受講者たちは、小説家・横関大が今秋刊行する予定の小説『誘拐ジャパン』のゲラを読み、その装丁案を提出。鈴木の講評を受けて、ほぼ隔週で開かれる次回授業までにブラッシュアップするという過酷な講義だ。 紙の本の未来が危ぶまれるなか、鈴木は危機感を持って、この試みをスタ
『ホール・アース・カタログ』と『暮しの手帖』をヒントに 「『アクセシブルブック はじめのいっぽ』の取材や編集の過程で出会ったけれど、収録できなかったことで、印象に残っているものがあったら書いてみませんか?」 「読書百景」編集長の柏原航輔さんから、共著者の3人にお声がけいただきました。 取材対象から外してしまったものについては「あとがき」に書いた通りです。けれども、こうして改めて振り返る機会を与えられてみると、ほかにも取り上げられなかったものがいくつもあることに思い当た
「偽善者」と切り捨てる思考 私は読書バリアフリーの研究者である。「野口さんは、なぜ読書バリアフリーを研究しようと思ったのですか」とよく聞かれる。「図書館や出版に関する研究者はたくさんいますが、読書バリアフリーの研究とは珍しいですね」と言われることもある。 私が読書バリアフリーの研究を始めたのは、今から25年くらい前のこと(当時は、読書バリアフリーという言葉さえなかった)。そのきっかけは何だったのだろう。いい機会なので、記憶を手繰り寄せることにする。 私は小学校入学
「3日が大学、3日がリハビリ、毎日1冊は本を読む」 立命館大学アジア太平洋大学(APU)の前学長の出口治明さんが、脳出血を発症したのは2021年1月のことだった。滞在中だった福岡のホテルで発作を起こして病院に搬送され、命に別状こそなかったが、右半身の強い運動麻痺と失語症の症状が残った。その後、APUへの復職を目指してのリハビリの様子は、自著である『復活への底力』で詳細に語られている。 そのなかに、強く印象に残った場面がある。出口さんはリハビリ病院で身体の機能の回復を
東大にとっても”きっかけ”となったはず 東京大学大学院に通う愼允翼さんは、いま、フランス文学の研究室でジャン=ジャック・ルソーなどフランス思想や哲学を専攻している。 全身が動かなくなる難病の「脊髄性筋萎縮症(SMA)」とともに生きてきた彼は、これまでも学校で「学び」のために様々な工夫をしてきた。たとえば、小中学生のときのテストでは、学校側との交渉によって、介助員に口頭で伝えた解答を代筆してもらう形をとった。また、高校受験では別室でのパソコンの使用や試験時間の延長をやはり学
モスクはあるのかないのか あのモスクはいったい何なのだ。もっとよく調べてから向かうべきだったと後悔の念を抱きつつ、重大な秘密に迫りつつあるような興奮があった。ホテルに戻って中国語でネット検索すると、以下のことが分かった。 モスクは西暦1200年頃に建てられ、11階建てだった。 これまで7回の修復が行われ、直近は1997〜98年にかけて実施した。 礼拝日(金曜日)には4000〜5000人、クルバン祭には1万〜1万6000人の参 拝者が訪れていた。 北門の高さは24メ
◆2章 ケリヤ県空港での呼び出し 日本を発つ直前、日本ウイグル協会副会長のハリマト・ローズさんに挨拶に行った。ローズさんは千葉県内でケバブ店を営んでおり、店舗内で声をかけた。 現地のウイグル人に話を聞くにはどうしたらいいでしょうか。 「ウルムチは大都会だから、もっと南のほう、例えば和田に行ってみたらいいのではないか。南のほうがウイグル人が多く、ウイグル文化も多少は残っていると思いますよ」 日本の4倍の面積を持つ新疆ウイグル自治区は、天山山脈を挟んで北部(北疆)と
ガラガラのモスク ウイグル人はイスラム教徒なので、モスクに行ったら話が聞けるのではないかと考えた。だが、現地の地図アプリでモスクを検索しても、ウルムチ市全体で3〜4カ所しかヒットせず、しかも「一般公開はしていません」とある。 2014年に旅行で訪れた際は、街のあちこちにモスクがあり自由に出入りや見学ができたのを覚えている。その時は、レストランで隣に座ったウイグル人男性に誘われて、一緒にモスクでお祈りまでさせてもらったのだ。厳粛な雰囲気に緊張したものの、何十人もの人々
◆1章 ウルムチホテルのフロントで 2023年7月、中国・天津の浜海国際空港から乗った奥凱航空3099便は片道1316元(約2万6320円、1元=約20円)と日本に帰国するより高額で、新疆ウイグル自治区の首府ウルムチまでの航行距離は約2500キロと天津ー東京間を上回った。途中、寧夏回族自治区の地方都市・銀川で2時間ほど駐機したのち、丸一日かけてウルムチの地窩堡国際空港に到着した。機体と到着ゲートをつなぐトンネル状のボーディングブリッジを進むと、ブリッジ内の壁に「新疆銀行」
特別な用事がない限り普段は訪れない下北沢は、降り立つ度に装いがかわっています。再開発が加速度的に進んでいる。とはいえ2ヶ月ほどの間に、打ち合わせを含めると10回弱も訪れると、ちょっとは街に馴染みが出てきます。 ブックデザイナーの鈴木成一さんによる「装丁の学校」が8月7日に最終授業を迎えました。作家・横関大さんの新作『誘拐ジャパン』のカバー案を題材に、実践形式で教えるワークショップです。 その模様を同時進行的に伝えた連載を一読してもらえば、全5回の授業がデザイナーやイ
昨日、ついに鈴木成一さんの「装丁の学校」(本屋 B&B)が開講されました。初回から”超実践”です。前置きの概論はそこそこに、課題として事前に渡したゲラについて受講生が現時点の装丁イメージを発表、それに対して鈴木さんが個別にコメントを出していきました。両者の緊張感漂うやりとりは、後日、お届けする連載「鈴木成一と本を作る」にて、詳細を紹介します。 ところで、装丁家はどのように本のデザインを決めるのでしょう。手がかりとなるのは作品そのもの。鈴木さんは、編集者との打ち合わせ前に
装丁家・鈴木成一さんが”本気”で後進を指導する「装丁の学校」、そのプレイベントとなるトークショーが去る6月13日、本屋B &Bにて開かれました。 良い装丁とは何か。鈴木成一さんや、同じく著名なブックデザイナーの水戸部功さん、albireoさん(西村真紀子さん・草苅睦子さん)が実際に本を手にしながら、各々の装丁論を披露しあう濃密な時間でした。 終盤のQ&Aでは参加者から、装丁家が編集者に求める姿勢についての質問がありました。鈴木さんはずばり情熱ーーつまりは編集者はこ
先週、「読書百景」が無事オープンし、まずはひと安心です。好意的な反応もたくさんいただきました。ありがたい限りです。 遅ればせながら、創刊にあわせて連載を開始した作品についてご紹介します。まずは稲泉連さんの『ルポ 読書百景』。媒体名を付したタイトルが示す通り、看板連載です。「読書」という行為に、新たな光をあてたいという意気込みで企画しました。 筆者の稲泉連さんとは、被災地の書店をルポしたノンフィクション『復興の書店』からのお付き合いです。稲泉さんは丁寧で地道な取材と、