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西谷格「"神なき宗教"を信じる人びと」一九八四+四〇 ウイグル潜入記 #7

本連載は、上海在住経験があり、民主化デモが吹き荒れた香港のルポルタージュなどをものしてきた西谷格氏による、中国・しんきょうウイグル自治区滞在記です。少数民族が暮らす同地は、中国で最も当局による監視が厳しい地として知られています。
※本編は1週間後に有料へと切り替えます。(#1~#3は無料公開/#1はこちらから)

「あなたはアッラーを信じていますか?」

 ホータンでもこれまでと同様、店先などで出会ったウイグル人と挨拶をしながら中国語で「イスラム教を信仰しているか?」と質問したのだが、ほとんど会話は成立しなかった。中高年以上は中国語をほとんど解さないため元より意思疎通はあきらめていたが、20代ぐらいのある程度中国語が通じる相手に的を絞っても、どうにもうまくいかないのだ。軽い雑談を交わして中国語が通じることを確認した上で、明瞭な発音で「イスラム教を信じていますか?」「モスクに行くことはありますか?」と聞くと、途端に首をかしげて「分からない」と返されるのだ。

 デリケートな問題だから話題にしたくないと思ってとぼけているのかもしれないし、あるいは、ウイグル人たちが学校や職業訓練所などで中国語を学ぶ際に、イスラム関係の語彙に一切触れていないのかもしれない。

「コーラン」「アッラー」などの中国語も全然通じないため、やむを得ず翻訳アプリを使ってウイグル語の発音を聞いてもらうと、ようやく理解される。それでも「信仰している」と答える人は半分にも満たず「知らない」「分からない」「信仰はない」とくり返す人が目立った。

 そうしたなか、アブドラは出会った当初から「イスラム教を信仰している」と明言していた。モスクにも行く習慣があるという。

 だが、一緒にモスクを回りながら、話を続けていると「モスクに行く」という言葉がだんだん疑わしくなってきた。最近いつ頃行ったのか、お祈りは何分間ぐらい行ったのか、1カ月に何回ぐらい行くのかなど、具体的に話を聞こうとすると「あー、えっと……」としばらく考えるような間が空いたり、そうかと思えば「昨日確かにジャーマモスクに行ったんだ」と妙に強気に断言したりする。

 お互いに中国語がネイティブではないので嘘をついてもごまかしやすい状態であったとはいえ、嘘やハッタリをかます時の人間がかもし出す空気感というものは、世界共通だ。最初に「モスクに行っている」と答えてしまった以上、話を合わせざるを得ないという雰囲気だった。

 いくつかのモスクを回り、最後にもう一度ジャーマモスクに行ってみると、やはり門は閉ざされ人の気配はなく、近くにいた守衛風の男性から写真を撮るなと制された。あなたはここで何をしているのかと尋ねると「ここで清掃をしている者です」と返された。門の真横には蜂蜜店が併設され、店主に声をかけると即座に面倒臭そうに首を横に振られた。中国語が通じないのかと思ってアブドラに代わりに聞いてもらうと、次のような回答が返ってきた。

「モスクは礼拝の時間だけ開けているって。その時間にお坊さんが来れば開けるし、来なければ開けない。次の礼拝の時間は19時半だから、その頃になれば開くかもしれない」

 アブドラが水を飲みたいというので近くの自販機まで行くと、スマホすら使うことなく、顔認証であっという間にペットボトルを取り出していた。相手が公的機関や大企業であれば、顔面にカメラを向けられても、もう一切気にしていないようだ。私自身、新疆に来て1週間も過ぎると、警察官や防犯カメラは日常の景色の一部になってしまい、何とも思わなくなっていた。

 30分ほど時間を潰して19時半近くなると、ジャーマモスクの門に高齢の男性たちが一人、また一人とやってきて、門をわずかに開いてなかへ入って行った。門は全開にはされず、隙間から静かに人が吸い込まれていった。先ほどの蜂蜜店の店主も、なかへ入ろうとしていた。イスラム教について勉強しているので私も一緒に礼拝したいと願い出たが、返事はつれない。

「お祈りの仕方、知らないでしょう。礼拝の言葉、言えますか?」

 アッラー云々という祈りの呪文を短く唱えると「あなたは言えませんよね」と述べて門のなかへと消えて行った。

 アブドラにあなたは礼拝に行かないのかと聞くと「登録していないから入れない」と返された。昨日ここに礼拝に来たという話は何だったのだろう。

 19時50分頃、先ほどの高齢男性たちが次々と門から出てきた。合計26人。この街の最大のモスクでこの人数は、あまりに少ない。しかも、平均年齢は目算で70歳前後。現役世代や若者は皆無だった。

 イスラム教徒だという別のタクシー運転手に礼拝はしているかと聞くと「仕事が忙しいので今はしていない」という。髭は生やさないのか。

「今の若い人は長い髭は伸ばさない。昔は毎日顔を洗ったりシャワーを浴びたりできない環境だったから、髭を伸ばしていたのだろう。生活スタイルが変わったんだ」

 モスクに行かず、礼拝もせず、コーランも読まない。酒もタバコもやる。豚肉を食べない点で辛うじてイスラム教の影響を感じたが、宗教上の理由という以前に、単に食べ慣れていないように思える。

 ホテルに戻る車内でアブドラに質問した。

「あなたはアッラーを信じていますか?」

 ここでもまた「アッラー? 意味が分からない」と返されたので、翻訳アプリを使ってウイグル語の発音を聞かせた。ウイグル語も中国語とほぼ同じ「アラー」という音なので、通じないはずがないのだが。やはり宗教関係の話題を避けているのかもしれない。

 アッラー、神様、モスク、コーラン。という具合に関連ワードを何度も繰り返すとようやく「ああ、アッラーか」と答えたが、その続きが奇妙だった。

「その言い方は正しくない。アッラーというのは、例えばナツメやスイカといった美味しい果物を食べたときなどに『アッラー、美味おいしい』というのであって、あなたの言っているアッラーは正しい使い方ではない」

 恐らく、オーマイゴッド的な用法がウイグル語にもあるのだろう。本来の「神」という意味合いは彼のなかでは喪失し、感嘆詞的な意味しかないというのだ。「神」という言葉をウイグル語に翻訳して聞かせたが、「神? アッラー? 意味が分からない」と繰り返すばかりだった。コーランについても同じだった。

 新疆ウイグルにおけるイスラム教は、人智を超越した唯一神を信仰するものではなく、神なき宗教と呼ぶべき代物しろものに成り下がってしまったのか。アブドラの真意をどうしても知りたい。聞き方を変えてみた。

「毛沢東、知っていますよね? 毛沢東は中国共産党のとても偉大な人ですよね?」
「もちろん知っている。毛沢東はとても偉大だ」

 アッラーの時と異なり、至極スムーズに会話が成立する。

「共産党で偉大なのは、毛沢東。では、イスラム教で偉大なのは、誰ですか?」

 うーん、としばし動物のような呻き声をあげ、空疎な答えが返ってきた。

「私には分からない」

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