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萬谷ひとみさん「知らないことすら知らなかった」読書バリアフリーと私 #4

本連載は、「読書バリアフリー」の実践をライフワークとする人びとによるリレー・エッセイです。この分野に関心を持つにいたった出来事、これまでの実践や今後の課題について書き下ろしていただきます。第4回は、宮田和樹さん、馬場千枝に続いて、読書バリアフリーの入門書『アクセシブルブック はじめのいっぽ』(ボイジャー)共著者の一人である、萬谷ひとみさんによる寄稿です。

※宮田和樹さん「本では書ききれなかったダイアログ・イン・ザ・ダークのこと」はこちらから

※馬場千枝「アクセシブルブック つぎのいっぽ」はこちらから

1. 相手の立場で物事を考える

「まずは名前を名乗れ! 私は目が見えないんだ。あなたが職員かどうか、私にはわからないんだから!」

 私が初めて視覚障害のある方と出会ったときに言われた言葉です。あのときの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。

 当時、私は図書館に勤務し、情報システムと障害者サービスを兼任していました。

 カウンターの職員から、「OPAC(Online Public Access Catalogの略。図書館の蔵書目録データベース)の検索について、担当者を呼んでほしいという利用者がいるので来てください」と呼び出されると、そこには盲導犬を連れた年配の方がいらっしゃいました。

 それまで応対していた職員と交代するや、冒頭の言葉を投げかけられました。私は慌てて名前を名乗り、お話を伺うことにしました。

 その方は中途失明された方で、失明前からコンピュータを使いこなしており、普段から自宅で図書館のWebOPAC(インターネットを利用して図書館の蔵書目録データベースを検索できるシステム)を使って図書館が所蔵するCDを検索しているとのことでした。しかし、データに不備があり、曲目や指揮者での検索ができないため、改善を求めたいということでした。

 当時は確かに、データ入力が不十分で、職員が使用するコンピュータと利用者がインターネットを介して検索するWebOPACとの間にかいがありました。そのため、所蔵しているにもかかわらず検索結果に表示されないことも多かったのです。しかし、そんな説明で納得していただけるはずもありませんでした。当時の係長たちは、何度もその方とやり取りしました。また、館内にはインターネットにアクセスできるパソコンを設置していましたが、読み上げ機能はありませんでした。その後、この方の要望を受けて読み上げ機能を導入しましたが、使いこなせる職員は少なく、何度も私たちは叱責を受けることになりました。

(現在は、データを整備し検索が可能になっています。また、読み上げソフトの利用に関しては、毎年研修を行い、利用者に対応できるようにしています。)

 この経験から私が伝えたいのは、当事者と直接関わらない限り、相手の立場で物事を考えることが難しいということです。まさに「百聞は一見にしかず」です。『アクセシブルブック はじめのいっぽ』を手に取って読んでいただけると、アクセシブルブックの基礎知識は身につくと思います。しかし、それはあくまで一歩目にすぎません。今後はもう一歩進んで、アクセシブルブックが必要な方々と実際に関わっていただきたいと思います。

2. 出会うべきときに出会う

 私は2023年3月に図書館を退職し、その7月に「読書がしたくてもできない人」をサポートしたいと思い、Reading LiaisonPartner(リーディング・リエゾン・パートナー)を立ち上げました。

 立ち上げ前に同級生に「読書の支援が必要な方はいないか」と相談したところ、中学時代の同級生から、読み書き障害を抱える南雲明彦さんを紹介されたのです。南雲さんはとても気さくな方で、すぐに打ち解けることができました。

 実は、本書を書くことになったきっかけは、共著者の宮田和樹さんから「読書に困難を抱えている当事者を知らないか?」と相談されたことでした。知り合ったばかりの南雲さんのことがすぐに頭に浮かびました。結果的に紹介するだけでなく、この本の執筆そのものに関わることになったのですが。

 私はもともと読書が好きで、読んだ本の感想をSNSに投稿していました。リーディング・リエゾン・パートナーは、その趣味が高じて始めた事業です。今改めて思うことは、発信し続けることで「出会い」が生まれるということです。

 私は現在、本書に登場している特定非営利活動法人エファジャパン(以下、エファ)で週2日働いています。カンボジア、ラオス、ベトナムの障害児の読書支援を行っている団体です。ここで働くようになったのは、昨年エファが開催したシンポジウムを聴講したことが大きかったのですが、そこに登壇していたのが本書の共著者の宮田さんでした。その時の目的とは異なっていても、出会うべき時には出会うものではないでしょうか。

3.誰もが本を読めなくなるかも

 今年、エファは創立20周年を迎えました。それを記念したイベントの一つとして、本書の出版記念の催しも行いました。

エファ・ジャパン 20th Anniversary サマーイベント「アイするソンパンがやってきた!」

 この催しには、本書を出版してくださった株式会社ボイジャーの方々もいらっしゃいました。私の友人も参加しましたが、彼女はとても好奇心旺盛な人物です。1992年に電子書籍を出版するボイジャーを設立した荻野正昭さんにデジタル出版ツール「ロマンサー」について話を聞いた後に、ボイジャーの社員によるロマンサーで電子書籍を作成するオンライン勉強会を開いたそうです。さらに、これまたすぐに自身のブログを電子書籍にしました。

「ロマンサー」は、テキストだけでなくYouTube版もあり、それを見ればすぐに電子書籍を作成できます。音声読み上げ機能や、文字を拡大することができる電子書籍が1冊でも多くなれば、活字を読むことが難しい方々に情報が届きます。ぜひ、電子書籍作りにチャレンジしていただけると嬉しいです。

 それでもハードルを感じる方は、この「読書百景」の記事にあるエピソードを家族や友人と共有することでもいいと思います。「知らないことすら知らない」ということもありますので。

 今年4月から7月末まで、専修大学で司書資格課程の児童サービス論の講義をさせていただきました。その授業の一コマで、支援が必要な子どもたちへのサービスについて話をしました。司書資格を取得する中で何度か、図書館の障害者サービスの授業を受けた学生でも、アクセシブルブックの実物を見たことがある人は多くありません。初めて見た学生たちのキラキラした目は忘れられません。また、「アクセシブルブックの種類がこんなに豊富だとは知らなかった」「バリアフリー、ユニバーサルデザイン、合理的配慮などの言葉は聞いたことがあるが、その違いは理解していなかった」というコメントももらいました。

 このような現状ですので、本書を手に取った方は、ぜひ周囲の人々とアクセシブルブックについて話していただければ幸いです。本書にも書きましたが、誰でも年をとることで、もしくは事故や病気に直面することで、紙の本を読めなくなるかもしれません。そのときに「あ、アクセシブルブックがあった」と思い出していただければと思います。

4. さらなるお願い

 活字を読むことが難しい方々による働きかけのおかげで、今年6月に、障害のある子どもが学校で使う音声教材の普及を促進する「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(通称:教科書バリアフリー法)の改正案が参議院本会議で可決、成立しました。これにより、音声教材を活用できる児童生徒の範囲に、日本語の読み書きが不自由な外国人も加わりました。さまざまな選択肢があり、それを利用できることが一番大切だと私は思います。

 皆様にさらなるお願いがあります。

 公共図書館で働く職員は、アクセシブルブックを充実させたいと考えていますが、必要性を訴える声が届かなければ、問題の所在に気づくことができません。職員も努力しますので、今後もお力添えいただければ幸いです。

左端から宮田和樹さん、馬場千枝さん、筆者

◎萬谷ひとみ
よろずや・ひとみ/新潟県生まれ。玉川大学文学部教育学科卒。1990年特別区職員として板橋区立清水図書館に配属される。その後、行政課等を経て、1999年区間交流で新宿区へ異動。新宿区立中央図書館等に勤務し、途中行政課等を経て2023年3月まで同館副館長として勤務。同年7月に「Reading LiaisonPartner」(リーディング・リエゾン・パートナー:読書とあなたをつなぐお手伝い)を立ち上げ、現在は代読事業等を行っている。

読書バリアフリーの入門書
『アクセシブルブック はじめのいっぽ』