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村上千佳(助産師)×コンゴ「レイプは戦争の武器である」紛争地の仕事 #3後編

本連載では、「国境なき医師団」(MSF)看護師にして、『紛争地の看護師』著者である白川優子氏が、MSFの同僚たちをインタビューし、彼らの視点にたって、戦地の恐ろしさや働きぶりを綴っていきます。
(#3前編はこちらから)

女性たちを「家族の恥」に

 MSFの助産師・村上千佳ちかによれば、兵士らが女性に性暴力を働くのは、実は性のはけ口などではないという。

「全ては、この土地に世界的に豊かな鉱物資源が埋蔵されていることにあるんです」

 武装勢力にとって、鉱物資源に絡む富と利権は絶対に手に入れたいものだ。それにはその土地を支配しなくてはならない。だから先住民を追い出す必要がある。そのための手段として、性暴力が使われてきた。働き手である土地のキーパーソンである女性たちに性暴力を加え、「家族の恥」とすることで被害者だけでなく家族の心をも破壊する、ひいてはコミュニティの絆や団結力を弱めていく——それが目的だと村上は解説する。 

淡々とした語り口、しかし内容は衝撃的(写真は村上)

 性暴力は、銃と違って費用がかからない。調達も管理も必要がない。そういった意味の「コスト」がいらず、身体的にも精神的にも痛めつけることができる。さらに捕まることなどもないため、こんなに効果的な武器はないというわけだ。

 強姦はだいたいグループで行われる。仲間が見ている中、女性に暴行を加えるという。つまり組織的な犯行である。女性は複数で捕らえられることも多く、その場合は全員が人目のつかない畑や森林だけではなく、夫や子供の目の前で強姦するという非道も行われているとのことだ。全ては土地から住人たちを追い出すための手段だ。男性に対する性暴力も報告されている。それも、男性の尊厳を奪うためである。

 男女ともに、逆らえば死が待っている。

はしかにコレラ、そしてマラリア

 実際に、多くのコンゴ人たちが住む土地を追われていた。コンゴの難民の数を聞いて驚いた。2024年1月の統計(UNHCR調べ)で、約610万人の国内避難民がいるという。さらに国外に逃れる難民・庇護希望者が2023年12月に105万9000人以上と報告されている。

 難民という言葉を聞くと、シリアやウクライナのことを思い浮かべる人が多いかもしれない。ところが100万人を超える難民がコンゴから出てていたのだ。

 2023年、村上が活動をしていた時期にM23と呼ばれる反政府軍と政府軍の大きな衝突が北キブ州で起き、多くの市民が巻き込まれた。ほとんどのNGO団体や支援機関も活動の継続が危ぶまれ撤退した。MSFは現地に残ったものの、村上たちのチームも治安の悪さから外に出ることができず、宿舎の中でできる仕事をこなすような日々だった。

 このような紛争がコンゴ東部では定期的に起きる。そのたびに北キブ州の州都にある避難民キャンプに、家を追われた人々がさらに殺到する。元々、過密状態にあるため、キャンプ内の食料や清潔な水が不足してしまう。

「避難民キャンプに逃れてきた人々は、当然ながら畑に出ることも農作業をすることもできません。私は別のアフリカの国にも派遣されたことがありますが、干ばつなどの理由で農作物が育たない地域も見てきました。コンゴは本来ならば食物には困らないはずなのに、避難民キャンプでは栄養失調が横行している状況なのです」

 さらに村上が続ける。政府や行政が機能せず、国民への保健サービスが整っていないコンゴでは、はしかやコレラなどの感染症の蔓延まんえんがたびたび起こり、マラリアの問題も日常的だ。そのために子供の死亡率も非常に高い。例えば、女性が10人、15人産んでも、数人しか無事に育っていないというような話は珍しくなかった。

2024年2月、北キブ州の避難民キャンプ。
武装勢力の拠点が近くに設けられ、緊張状態に
©Marion Molinari/MSF

 紛争が続くコンゴでは、国連平和維持活動(PKO)の国連コンゴ安定化派遣団(MONUSCO)が世界最大規模で展開されていた。しかし2023年8月、州都のゴマでこの国連のPKO活動に対する市民らの抗議デモが暴徒化した。

 PKOとは、国連が紛争当事者の間に入り、停戦や軍の撤退など、事態の沈静化、紛争の再発防止を含む、紛争解決の支援を目的とした活動だ。

 ところが、MONUSCOがいても、治安は悪化するいっぽうだった。それどころか、彼らからは、改善の意思すら感じられないと、住民たちの怒りがとうとう爆発した。

「私はこの暴動の時にはすでに帰国をしていました。ただ、このような暴動は、実は私がいる時にも起きていました。何もしないなら出ていけ、という住民たちの国連団に対する凄まじい怒りは普段から感じていました」

 さらに、国連団の職員が、現地の女性たちに性的な奉仕を強要していたことも明らかになった。卑劣な行為に住民らの怒りは加速した。

 この件に関しては、MSFも調査に乗り出した。ただ、それを確認するには被害者たちの証言が欠かせない。性暴力をふるった相手の素性は、軍服やそれぞれの制服などの特徴を聞き出せばある程度は割りだすことができるだろう。しかし、その時のことを思い出したくない被害女性たちの心理の特性上、また報復への恐怖心から、多くの被害者はそれを語ろうとはしない。心身ともに傷ついている相手を前に、無理に聞き出すことがあってはならない。

 MSFは、現場で直面する問題を解決するために、政府機関や援助機関などさまざまな関係者に働きかけるアドボカシー活動に加え、人道危機の現実を社会に訴える「証言活動」も主な使命としている。それらを行う上でも、被害を受けた人たちのプライバシーや安全を第一に考えなければならないと村上は語った。

「他に誰もやらないからです」

 生まれ育った土地で暴力を受け、女性たちは避難民キャンプに逃れた。しかし、そこすら安心できる場所ではなかった。私も派遣地の南スーダンで経験したことがあるが、キャンプの住人たちの中でコミュニティが自然と形成されていき、場所を仕切る有力者やリーダー格の人間も生まれる。ゴマの避難民キャンプでは、そのような有力者たちが場所代を求めるかのごとく、キャンプ内の女性に体を要求するのだという。

「コンゴの人たちは、本来はとてもいい人ばかりです。歌や踊りが好きな陽気な側面もあり、すごく素敵なんですよ。ですが、悲しい歴史を辿たどってきたばかりに、おそらく誰も心から人を信用できなくなってしまっている。そして、現地の女性たちにとって、安全な場所なんてどこにもないんです」

 村上の話を聞きながら、私は息が苦しくなってきた。

 資源に恵まれた豊かな国で、膨大な数の人びとが人間らしい暮らしを奪われている。奴隷貿易の頃や植民地時代と現在で、何が変わったというのだろうか。

「MSFはコンゴでの活動に大きな力を入れています。ただし、この国が本当に変わるためには、まずは紛争をなくし、社会の構造を変えないといけない。きっと私たちが活動をしても、今直面している同じ問題は永遠に続くでしょう」

 ふと気になった。彼女はMSFに入る時点で、性暴力被害者の対応に尽力する自らを想像していたのだろうか。

「初めに抱いていたイメージは、環境の整っていない場所でお産をするお母さんと、生まれてくる赤ちゃんに対するサポートでした。海外で助産師の資格を生かしてみたい、という漠然とした思いからMSFに入りました」

 かつての彼女は、国内で活動する多くの助産師と同じ地平に立っていた。想像もしていなかった性暴力の実態に向き合う心労は計り知れない。村上は、つい先日まで活動をしていたイエメンでは、いわゆる母子保健プロジェクトに従事していた。久々に妊産婦と新生児を扱い、ほっこりしたと村上は語った。

 取材部屋はガラス張りだった。村上の着物姿を見ようと、通り過ぎる際に一瞬立ち止まる職員もいた。着付けは20代に趣味で始めた。長い派遣生活では大変なこともたくさんあるだろう。日本に帰国し、着物を身につけることが彼女にとっての癒やしであり、ルーティーンであるのかもしれない。派遣先では、チームの仲間たちと地元のマーケットに出かけ、好きな生地を選び伝統衣装を作ってもらうこともあるという。コンゴでは”パーニュ”と呼ばれる色彩豊かな長い生地でワンピースを作った。それも似合いそうだな、と彼女のパーニュ姿を思い浮かべた。

 村上が、MSFからの派遣依頼を断ることはない。次にまたコンゴ派遣の依頼が来たとしても、きっと断ることはないだろう。そのモチベーションはどこから湧き上がるのか。

「他に誰もやらないからです」

 即答だった。「他」という端的な言葉は、コンゴの実態に目を逸らしている世界を指していると受け取った。柔らかい口調の中に、彼女の怒りや憤りを垣間見たような気がした。

3つのプロジェクトの助産師が研修のために集まった。
みな性暴力被害ケアの最前線で働く(右から3人目が村上)
村上提供

次号は9月中旬公開を予定
バックナンバーはこちらから:#1#2

◎筆者プロフィール
しらかわ・ゆうこ/日本やオーストラリアで看護師としての経験を積んだのち、2010年に国境なき医師団に参加。シリア、イラク、パレスチナ、イエメン、南スーダン、アフガニスタンなど紛争地を中心に活動している。主な著書に『紛争地の看護師』『紛争地のポートレート』など。2018年10月より、国境なき医師団日本事務局で海外派遣スタッフの採用を担当。