木村匡志×オーテピア「すべての人を本の世界へ」読書バリアフリーをめぐる旅 #1
小学館マーケティング局アクセシブル・ブックス事業室で、読書バリアフリー・アクセシビリティ関連の業務を担当する木村匡志と申します。
読書バリアフリーについての意識・関心を少しでも高められればとの思いから、読書バリアフリーをテーマにした社内セミナーや勉強会を集英社で共同開催する取組みを2022年に始めました。
本稿は、セミナーへの登壇を依頼、相談するために訪問した高知の「オーテピア」を取材、同館について読書バリアフリーの取組みを中心にまとめたものです。
高知城のすぐそば、市の目抜き通りである追手筋と帯屋町アーケードにはさまれた一角に、ひときわ目を引く外観の建物がある。公共図書館・点字図書館・科学館が一体となった複合施設、オーテピア である。文化施設の複合化自体は昨今では珍しいとはいえないが、公共図書館と点字図書館が同じ建物内にあり、垣根なく利用できるような運営形態になっている例は全国的にも珍しい。本稿ではオーテピアの読書バリアフリーに関連する取組みを中心にご紹介したい。
オーテピアは「オーテピア高知図書館」「オーテピア高知声と点字の図書館」「高知みらい科学館」からなる複合施設で、2018年に開館した。高知図書館の延べ床面積は約5370坪、収蔵可能冊数は205万冊を誇り、これは西日本最大級だという。開館から約5年で来館者数は500万人を超えるなど、今では県民・市民にとってなくてはならない存在となっている。
もともと高知市には、前身となる高知県立図書館と高知市民図書館(本館)がそれぞれ別に存在していた。一般には「市立図書館」とされることが多い市の図書館が「市民図書館」となったのは、自治体が与えるのではなく市民の要望が集まってできた施設だとの思いからで、全国でも前例のないことだったという。1967年に開館した高知点字図書館は、その高知市民図書館に併設されていた。通常、別の場所で運営されることが多い公共図書館と点字図書館をひとつの建物に同居させ、入口も共通化しているのはオーテピアの大きな特徴だが、両者を近づける試みはオーテピア開館以前から実現されていたのだ。
点字図書館は「図書館」となっているが、法律上は視聴覚障害者情報提供施設で、社会福祉施設という位置付けである。運営は県から社会福祉法人に委託されることが多いそうだが、高知県においては高知市の直営で点字図書館が設立された。蔵書スペース不足や建物の老朽化で図書館の建て替え案が出てきたときに、県市の図書館同士だけでなく、点字図書館も対等な立場で話し合いをすることができたのは市の直営であったことが大きく、そのことが全国初となる県市の図書館の合築を含む一体化の案につながったのだという。
一体化にあたり、点字図書館が点字図書のみを扱う施設と想像させてしまうことを避けるため、名称を「声と点字の図書館」とした。実際、点字図書よりも録音図書の利用者のほうが多いというから、録音図書の利用促進という点でも効果的なネーミングだといえる。なお、現在、点字図書館は全国に70数館あるが、名称に「声」を入れているのは、東京の「大田区立障がい者総合サポートセンター声の図書室」とオーテピアのみである。
建物の外側は、葉をイメージしたという「リーフルーバー」という装置で囲まれており、南国の日差しを遮りつつ、館内に十分な明るさを確保するのに適したつくりとなっている。館内も県産木材を利用し、木の質感を活かした意匠で統一されており、大樹をイメージしたという設計コンセプトが自然なかたちで実現されている。
正面入口を入るとすぐに総合案内のカウンターがあり、その奥、入口から見て正面に、「声と点字の図書館」のスペースがある。図書館を日常的に利用している人でも、点字図書館を利用したことがあるという人はそんなに多くはないだろう。オーテピアでは、点字図書館スペースが、館内に足を踏み入れた利用者全員の目に入るようなつくりになっているのだ。
入口にはゲートもドアもなく、誰もが入りやすい空間になっている。音声ガイドアプリにも対応した点字ブロックにより、視覚障害当事者の導線も配慮がされている。スペース内には、バリアフリー図書や端末・機器類が配置されているだけでなく、当事者や支援者以外目にする機会がないであろう読書支援・補助器具類も展示されていて、自由に手にすることができる。誰もがバリアフリー図書や支援器具を気軽に体験できるようになっているのだ。スペースの入口には「すべての人を『本』の世界へ」というフレーズが掲げられているが、そのコンセプトが非常にわかりやすいかたちで実現された空間になっている。
障害当事者や家族など支援する立場にある人にとって、このようなスペースが重要なのはいうまでもないが、一般の利用者にも大きな意味がある。加齢や病気他の身体的な不調によって、字を読むのが辛くなってきたら、紙の本・雑誌中心の読書が難しくなってきたら、どうしたらいいだろう。そのような不安を解消してくれる図書や機器が実はすぐそばに用意されていることに気づきやすい環境になっている。これは「すべての人を『本』の世界へ」を考えるうえでとても重要なことだろう。
2階から4階はオーテピア高知図書館のスペースだが、1階と完全に分断されているわけではない。2階の図書館スペースでも、バリアフリー関連の特集展示がされていたり、新着の図書のコーナーに大活字本などバリアフリー図書の新刊が一般書籍と区別せずに置かれていたりする。バリアフリー図書は、著作権法37条による利用者の制限がないものは高知図書館に、著作権法37条により利用者が制限されている資料は声と点字の図書館にと、取扱い・配架が分かれているが、職員が必要なものを相互に案内しているというから、利用者がそうした区分のことを知らなくても問題ない。館内のあちこちで、公共図書館と点字図書館の連携が自然になされている。
読書バリアフリーの取組みという点で、理想的といってもいいような環境が実現されているように見えるが、実際には、存在や機能が十分に知られているとはいえないところがあるという。同館が実施したアンケート調査によれば、読書困難者に向けた同館のサービスについて知らない人が7割近くもいるとのことで、第2期(令和4~8年度)のサービス計画では、現在利用できていない読書困難者をバリアフリー図書利用などのサービスにいかにつなげていくかが課題としてあげられている。
以上、オーテピアの、主に読書バリアフリーに関連する取組みを紹介したが、これは同館の取組みのごく一部に過ぎない。今回は触れることができなかったが、同館は動画を利用した情報発信やイベント、科学館との連携などにも力を入れている。取材は予定していた半日では足りず、翌日にも追加で館内見学を行うことになったほどで、図書館の新しい姿や読書バリアフリーの取組みに関心のある人ならば、見学時間はいくらあっても足りないかもしれない。近隣には、高知県立文学館、単行本だけでなく雑誌の収集・保管に力を入れ、さらに人材育成の場としての機能も併せ持つマンガ図書館「マンガBASE」、高知の老舗書店、金高堂本店もある。(余談だが、本項執筆時点で、10万部を突破するスマッシュヒットとなっている『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)の著者、文芸評論家の三宅香帆さんは高知の出身とのことで、同店では本書が大きく展開されていた。) オーテピアを訪問する方は、時間に余裕を持っておくのが良さそうだ。
本稿の取材は集英社のOTOコンテンツプロジェクトチームと小学館の共同で行い、木村が代表してまとめた。取材には、オーテピア高知図書館の上岡真土司書、谷岡祥子チーフ、オーテピア高知声と点字の図書館の伊藤嘉高主査、西岡和美館長にご対応いただいた。この場を借りて感謝を申し上げたい。
◎プロフィール
きむら・ただし/小学館マーケティング局アクセシブル・ブックス事業室で、読書バリアフリー・アクセシビリティ関連の業務を担当。オーディオブックにも力を入れている。『新文化』で「読書バリアフリーの現在 どう読む? どう読ませる?」を連載。
小学館のアクセシビリティへの取組みについては下記を参照ください。