西谷格「毛沢東と”誰か”の銅像」一九八四+四〇 ウイグル潜入記 #5
モスクはあるのかないのか
あのモスクはいったい何なのだ。もっとよく調べてから向かうべきだったと後悔の念を抱きつつ、重大な秘密に迫りつつあるような興奮があった。ホテルに戻って中国語でネット検索すると、以下のことが分かった。
モスクは西暦1200年頃に建てられ、11階建てだった。
これまで7回の修復が行われ、直近は1997〜98年にかけて実施した。
礼拝日(金曜日)には4000〜5000人、クルバン祭には1万〜1万6000人の参 拝者が訪れていた。
北門の高さは24メートルで、屋上には展望台やドームもあった。
99年には新疆ウイグル自治区、13年には国から文化財の指定を受けた。
写真を撮るなと阻止された建物は、南門のようだ。ネットに残されていた北門の画像を見ると、薄茶色のレンガに精緻な装飾が施され、屋根には玉ねぎのようなミナレットを頂いている。5階建てのビルぐらいの高さがあり、本堂よりも壮観だった。
だが、この北門は2018年頃に完全に破壊され消失したと伝えるサイトがあった。グーグルアースの衛星画像を年代ごとに確認すると、確かに2017年までは建物が確認できるのだが、2018年を境に建物が見えなくなり、更地になっていた。北門が建築された時期はネット情報では分からなかったが、長年街のシンボルとして機能し、多くのイスラム教徒にとって重要な宗教施設として使われてきたことは間違いない。
あの塀のなかがどうなっているのか、気になって仕方がなかった。外からは見えない形で保存されているのか、それとも本当になくなってしまったのか。何とかこの目で確かめたい。
一方、モスクの破壊を否定するサイトもあった。中国中央電視台の運営する海外向けサイト「CGTN」に掲載された記事には、こうあった。
「本堂と南門は保存されており、工事は問題なく進んだ。欧米メディアが『中国では禁止されている』と主張するミナレットも確認できる」
さらに、ユーチューブ上には地元のウイグル人と見られる男性が出演した動画があり、
「政府によってモスクは保護され、信仰の自由は保障されています」
と語っていた。また、ネット上の過去の画像を見ると、南門のもっとも高い部分にはイスラム教の象徴である三日月が掲げられている。だが、私が撮影した写真を拡大してみると、三日月部分はなくなっていた。モスクはあるのか、ないのか。まずはそれを知りたい。
その日の夜、ケリヤの街中を歩いて食堂を探していると、道を尋ねた通行人から「和田夜市」というフードコートを教えてもらった。行ってみると警備がまたも厳重だった。体育館のような屋内施設の出入り口には装甲車2台が陣取り、その上から長銃を構えた警官が出入りする人々をつぶさに見つめている。遠巻きに写真を撮ってなかに入ると、麺類や串焼きなどの屋台が10軒ほど並んでおり、前方にはステージもあった。建物内を歩いていると不意に後ろから声を掛けられた。振り向くと、ライフル銃を構えた警官4人が立っていた。
「さっき、入り口で写真を撮っていましたね。警察の写真は削除してください」
スマホを取り出し、警官たちに見つめられながら画像を消してみせた。
「写真を撮りたければ、建物のなかを撮りなさい」
そう言い残し去って行った。誰にも見られない場所に逃げたくなり、トイレの個室に駆け込んで、カギをかけた。ここなら安心だろう。糞尿の悪臭が鼻を突くものの、職務質問を受ける心配はない。そういえば、かつて「反日テーマパーク」という日本兵の顔をマトに射的ゲームを行う悪趣味な遊園地を取材した際も、同じように時々トイレの個室に入って写真を保存したのを思い出す。進歩がないのは私自身か、それとも中国社会のほうだろうか。
トイレを出て建物内の屋台を物色していると、先ほどの警官たちがやってきて、再びライフル銃を構えて私の前に立ちはだかった。心なしか、先ほどより銃口の位置が高いように見える。心臓がピシャリと鞭で打たれたように縮み、どんなにリラックスを装っても自然と声がうわずってしまう。
「もう一度スマホを出しなさい。写真を完全に削除しないといけないので」
警官の一人がそう言って手を伸ばしたので、スマホを渡した。ゴミ箱に入っていた建物入り口の写真は、完全に消えた。
ともあれ食事をしようと屋台を物色し、羊肉のワンタン麺を注文した。ウイグル人風の高齢女性が店に立っていていかにも本場という風情だったが、意に反してスープは塩辛くてあまり美味いとは思えなかった。腹が膨れたので良しとした。
前方のステージでは、クルバン祭を祝って女性の踊り子たちがダンスを披露していた。音楽や衣装は新疆らしいエキゾチックなものだったが、どこか作り物やレプリカ品のような安っぽさが漂っていた。ネイティブアメリカンの文化やアイヌの文化などと同様に、新疆の文化は博物館のガラスケースやステージ上のパフォーマンスとしてのみ披露されるのが、望ましい形なのだろう。
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本連載は、上海在住経験があり、民主化デモが吹き荒れた香港のルポルタージュなどをものしてきた西谷格氏による、中国・新疆ウイグル自治区の滞在記…