西谷格「深夜1時半にドアを突然ノックされ…」一九八四+四〇 ウイグル潜入記 #6
◆3章 ホータン
モスクは検索できず
乗客6人を乗せた乗合タクシーは1人65元(約1300円)で、3時間ほどで南疆の小都市・和田に到着した。ウルムチで出会ったウイグル人の男性が、南部のほうが独自の文化が残っていると、言っていたからだ。時刻はすでに午前1時近かった。
バスの停留所で降ろされると、腹が出て固太りした小柄なウイグル人風の男性が「どこまで行きたいんだ?」と声をかけてきた。タクシーの客引きのようだ。ホテル名を告げて助手席に乗ると、ワイルド感のある体臭と腐ったニンニクのような口臭が気にはなったものの、中国語がある程度通じることと、快活で多弁であることに一種の好感を抱いた。名前はアブドラという。
軽く雑談をしてウイグル文化に興味がある、とワンクッション挟んだ上で、踏み込んだ質問を投げてみた。
「イスラム教は信じていますか? モスクに行くこともありますか?」
「ああ、信じているよ。モスクにも時々行く。この辺にもモスクはあるよ。ジャーマモスクとかラハッドバルモスクとか、たくさんある」
事前に地図アプリでモスクを検索した際には、一件もヒットしなかったので、やや意外ではあった。人口約250万人の中核都市でモスクが一件も表示されないのも奇妙なことだが、ネット上ではモスクに関する情報は規制を受けているようだ。
予約していたホテルに到着し、部屋で寛いでいると深夜1時半に突然ドアをノックされた。こんな時間に何だろうと思ってドアを開けると、水色の制服を着た長身の警官2人が柔和な笑みを浮かべて立っていた。
中国では「旅館業治安管理辨法」により、ホテル宿泊時には身分証を提示することが法律で定められている。また、外国人を宿泊させる場合、ホテルの管理者は24時間以内に宿泊者の名簿を警察に届け出ることが義務付けられている。外国人の少ない土地に日本人が訪れたことを知り、事情聴取に来たようだ。
「警察署の者です。パスポートを確認させてもらっていいですか?」
素直に手渡すと、新疆ウイグル自治区に到着した日時や、渡航の目的、職業などを聞かれた。
「翻訳というのは、どこかに文章を発表しているんですか?」
「いいえ、個人間で行っているものです」
「ホータンでは、どちらを旅行する予定ですか?」
しまった、観光情報をほとんど調べていなかった。
「まずは街中を散策したいと思います」
「和田夜市とかですか?」
「そうです、そうです」
「ホータンは何日間滞在しますか? その後はどちらへ?」
「5日間ほど滞在し、その後はカシュガルに行こうと思います。汽車で移動します。まだ予約はしていません」
「これから混雑するシーズンなので、早めに予約した方がいいですよ。そのほか、何か私たちがお手伝いできることはありますか?」
早くドアを閉めたかったが、こちらから何か話したほうがいいような空気だ。
「外国人が泊まれるホテルって、ここ以外にありますか? 数が少ないので、なるべく安いところに泊まりたいのですが」
警官たちは2、3軒のホテルを教えてくれ、速やかに去って行った。今後も、街を移動するたびに警察から取り調べを受けると思っていたほうがよさそうだ。
ホータン到着後、2日間ほど原稿執筆や新疆の記録をまとめるなどした。フロントを通るたびにマネージャー風の漢民族の女性から「おかえりなさい。今日はどこへ行ってきたんですか? ほかにはどちらへ?」などと聞かれるのが鬱陶しく、なるべくその女性がいない隙を見計らって通るようになった。雑談をしているようだが、何かこちらの行動範囲を把握しようとしているようにも思われた。
原稿執筆がひと段落したので街中のモスクを見に行こうと思い、適当に拾ったタクシーの運転手に「ジャーマモスクに行きたい」と伝えて連れて行ってもらった。茶色い煉瓦造りの立派なモスクの前で降りて正面から眺めると、門は閉ざされており、写真を撮ろうとしたら近くにいた中年男性からジェスチャーで撮るなと指示された。
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本連載は、上海在住経験があり、民主化デモが吹き荒れた香港のルポルタージュなどをものしてきた西谷格氏による、中国・新疆ウイグル自治区の滞在記…