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鈴木成一と本をつくる#5後編 「叩かれれば叩かれるほど鍛えられていく」

「超実践 装丁の学校」(本屋B&B)は、これまで1万冊超の書籍を装丁してきたブックデザイナー鈴木成一氏が、”ガチ”で後進を育てるために開講されたワークショップです。8月7日、ついに最終講義を迎えました。前編に続いて後編をお届けします。
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タイトルは発明である

 この夏の東京は、強烈な雷雨に見舞われることが多かったが、この日も例外ではない。講義中には屋根を叩く雨音と、壁と床を揺らす雷の振動が、会場の緊張感をいやおうなしに高めていく。

 初回講義で『誘拐ジャパン』のテーマを「みんなが共犯者」とかっしたのは小守いつみであった。本作の担当編集である柏原航輔も、この言葉を「読んでるあなたも共犯者」と言い換えてオビに採用したほどだ。

 本の個性を一言で言い当てた小守は、群衆たちを描いたイラストでその個性を表現してみせた。前回は細部まで描きこまれた絵が「生々しすぎて誘拐の匿名性からズレている」と評されたが、色味を調整することでその問題をクリアした。そこまではいい。

 ところが、タイトルの見せ方にやや難があると、鈴木は合格点を与えない。「編集者と版元にとって、この『誘拐ジャパン』というタイトルは発明だったと思うんです。その題名が絵に負けて見えづらいのはよくない」と語る。

「タイトルは、本の最大の個性なんです。どんな文字にするか、どこに置くか、切ったり貼ったり手段はいろいろありますけど、絵と文字の接点をいろいろ試したうえで、ひとつの主張を打ち出すデザインがほしい」

 これまでの講義で、鈴木は装丁デザインの要諦ようていを語ってきた。カバーにあしらわれるイラストや文字(タイポグラフィ)、そしてオビの扱い方、そういったブックデザインのポイントを説明しながら、それぞれをどう統合して「ひとつの主張」として成り立たせるのか。そこに、ブックデザイナーの個性があると言う。

 今回の講義では、あらたに「編集者」というワードが頻出した。そう、装丁家が相手にするのは、未知の読者である前に、発注元である編集者なのだ。目の前の編集者を納得させなければ、本は商品化されない。長年ブックデザイナーとして出版業界の第一線で働いてきた鈴木は、編集者の生態をも教える。それもまたプロの装丁家として活躍していこうとする受講者たちにとって必要なことだった。

 鍋田哲平は、2つのプランを提出した。最初から一貫して出してきた、誘拐犯3人を大胆に描いたイラストとオレンジが鮮やかなカバー案は、「世界観に破綻がない。端正で静かだけど、情熱も秘めたデザイン」と評価された。しかしタイトルの打ち出し方につっこみが入る。

静かさと強さが同居する鍋田案

「『誘拐ジャパン』の『拐』の字が、背景の色と重なって見えづらくなっているでしょう? これは避けるべき。担当編集者は絶対に『見えづらい』と言ってきますね」

 自分の担当した本をより多くの人に届けたい。編集者の当たり前の願いは、装丁家にどんな要求を突きつけてくるのか。ビジネスパートナーである編集者の意図をどうみとるか。受講者たちに、そんなシビアな現実を改めて突きつけた。

編集者票、割れる

 最終講義には『誘拐ジャパン』の版元である小学館から多数の編集者がオブザーバーとして参加していた。文芸やノンフィクション、辞書など、さまざまなジャンルの編集者が集った。それにしても彼らの多くが過去、鈴木と仕事をしたことがあるということにブックデザイナーとしての幅の広さを感じさせる。

 鈴木と著者である横関が選ぶ最優秀賞とは別に、受講者と編集者が投票して特別賞を決めることになっていた。それぞれの受賞発表後には、編集者たちが自らが投じた投票先について明かす一幕も。結論からいえば、この編集者票が大いに割れることになる。

 まずは奥田朝子。『誘拐ジャパン』を「サムライジャパン」的なニュアンスとして捉え、「スポーティで明るい誘拐のイメージをピクトグラムで表現」してきた。この案には鈴木も関心を示していたが、最終的にピクトグラムはデザインの一要素として落ち着いた。これには鈴木も「ここまでピクトが消極的になるのだったら、いっそなくしてしまったほうがスッキリします」とコメントした。実際に、奥田はピクトをなくしたバージョンも用意し、それには鈴木も好意的だった。

 さらに奥田は、新聞紙面を再現したオビでケレン味を演出した。合わせ技での逆転を狙ったのだが……鈴木は「カバーとオビがまったく違う表情を見せてしまっている。この二面性が、ひとつの主張にまとまっているとは言いがたい」とつれなかった。

オビの使い方がユニークだった奥田案

 鈴木のコメントを聞いている間、唇を噛むような悔しげな表情が印象的だった。しかし、鈴木の講評とは逆の反応を示す編集者が、後に現れるのだ。時間を少しばかり早送りしよう。

「やはり編集者的には『読んでるあなたも共犯者』というオビの文言で目を引きたい。そこを新聞記事でドキッとさせるような見せ方をしていたのが見事でした」

 そう語るのは、あまのヒット作を持つ文芸編集者である。鈴木と編集者の意見が割れるのは、これに留まらなかった。

 三浦毬は、全受講者のなかで唯一、カバー全面に写真を採用するチャレンジが目立っていた。渋谷スクランブル交差点の夜景、その象徴たる街頭ビジョンに、作中で登場するYouTubeの一場面のイラストを挿入。この合成はうまくいくのか? 鈴木もいぶかしんだが、これが見事にハマった。一方で、鈴木は言う。文字が写真の良さをつぶしている、と。

「空間が空いてるからといって文字を置いているだけで、デザインを殺しちゃってる。何も文字がない表4(裏)のほうが、いいデザインでしょう。俺だったらいっそタイトルをオビに入れちゃうかな。ビジョンに合成したイラストの茶化し具合も見事だから、ロゴもちょっとフザケてほしかった」

唯一、写真を用いた三浦案は編集者が支持

 鈴木はそう語ったが、エッセイなどで話題作を多く手がける編集者は、三浦案に一票を投じることになる。その理由がこうだ。

「不穏な街の風景とコミカルな絵のアンバランスさに目を引かれました。背景の黄色とオビの色も目につく。先行きが不穏な日本にもたらされる良くない知らせを思わせるゾワゾワしたデザインで、書店でも目立つなぁと」

 濱田玲奈は2案提出し、それぞれ評価する編集者がいたのだが、ここで取り上げたいのは日本国旗をくわえた秋田犬が駆ける姿を躍動感たっぷりに描いたイラストのデザインだ。これについて鈴木は、「考えあぐねた結果出てきた、意表をついたデザイン」と評価する一方、「劇中で犬がもうちょっと活躍してればアリなんだけど」とも語った。

なんといっても犬に惹きつけられる(濱田案)

 鈴木が冷静に分析する一方で、小学館のベテラン編集者が「僕はこれくらい内容から飛躍・かいしたデザインも、装丁の力ではないかと思っております」と激賞するのだからわからない。さらに「なにより書店で見て、ちょっとニッコリ笑ってしまう、この犬の微妙な表情がいい」とも言う。このコメントには鈴木も思わず笑っていた。

 なるほど、「装丁の学校」で教えをれる立場として、「飛躍・乖離」をベストとする選択はない。しかし、鈴木自身も面白い案だと思っていたからこその、笑みに違いない。

 そして編集者から2票を集めたのは水澤アルトである。国会の議場をモチーフとしながら、議員ではなく登場キャラクターたちが、議場の中心にある暗がりに向かって叫んでいる様子はコミカルだ。同時に、紫がかった陰影や、袖や裏表紙のどぎつい紫によって、怪しさもかもし出した。鈴木は「前回はダメだろって思ったんだけど、すごくまとまりましたね。俺の大嫌いな紫だけど(笑)、いい出来になって感動している」と、なにやら嬉しそうだった。

タイトルを中心にインパクトが強い水澤案

 新書などでベストセラーをものにしてきた編集者も、「私の判断基準は、タイトルが目立つものということでした。その点、水澤さんの装丁は、タイトルとイラストのバランスがいい。それに実際とは違う国会議事堂の絵も不思議で、思わず手に取ってしまいました」と言えば、辞書を専門とする編集者が、「タイトルの抜けが気持ちいいですよね」と続ける。

 この「装丁の学校」で決まる最優秀作品は一つだけだ。けれども、ここは、唯一の正解を出すためのジャッジの場ではない。いくつもの可能性に光を当てるステージだったことに改めて気付かされる。編集者の声から、装丁の奥深さを痛感した。

「この夏を全部捧げてよかった」

 ここで話を“選考”に戻そう。

 全員への講評が終わったのち、鈴木は著者の横関と共に控室に入り、最優秀賞を決める審査に入った。同席したのは、担当編集の柏原と、小学館の営業担当者である。実際に出版され、店頭に並ぶ本の装丁をコンペ形式で選ぶということで、狭い個室は緊張感に満ちていた。

 しかし、「どうしましょうかね」と言いながらも、鈴木と横関の心は決まっているようだった。途中、鈴木の「これもねぇ……惜しい」という声が何度かあったのだが、結果がくつがえることはなかった。

 鈴木が部屋から出て着席すると、手元に生ビールが運ばれてきた。これまでは講義前に、景気づけに一杯飲むのが恒例だったが、この日はまだだった。肩の荷が下りたのか、オーダーしたようだ。

 まずは横関があいさつする。「僕も過去4回の講義はリアルタイム配信で見ておりまして、家でひとり『いやいやそこは違うだろ!』とぼやきながら見てたんですが」と、ひと笑い取る。

横関は、毎回リアルタイムで
講義を視聴していたという

「でも、回を増すごとにクオリティが増していった。今日もこの会場に初めて来まして、まるで『誘拐ジャパン』しか存在しない本屋さんみたいで感動しました。こんな経験をさせてくださって、ありがとうございました」

 そしておもむろに立ち上がった鈴木は、「ドラムロールとかいらない?」とうそぶきながら、いきなり「はい、佐々木(信博)さんです」と受賞者を告げた。あっけにとられる佐々木だったが、会場のほとんどがこの結果に納得の様子だった。

 初回で「雑で、説明不足」と厳しい評価を下された佐々木だっだが、「読むためのスイッチを入れるようなデザインに」「得意のタイポをメインにして、登場人物の描写を控えめに」といった鈴木のアドバイスを最大限活かし、彼にしか表現できないブックデザインをものにした。

 最初の評価で、鈴木は佐々木にこう言った。

「本を買うっていうのは、ある種の決断です。装丁家は、その本を買うに値すると思わせるだけの希少性を出さなくちゃならない」

 この言葉を消化した佐々木は、鈴木成一をして「言うことがない」とまで言わしめた。あの辛辣しんらつな初回コメントの痛みから逃げなかったからこそ、佐々木はこの結果を勝ち取った。

「ちょっとキツいことを言ってしまいましたが、最終的には絵も描けてタイポも作れるという強みを活かして、『誘拐ジャパン』のひとつの主張を明確に打ち出した。佐々木さんならではの強い作家性を貫かれたことが、今回功を奏しましたね」

 横関自身も「このデザインは見た瞬間に『頭ひとつ抜けたな』と直感しました」と言った上で、この装丁を踏襲した続編も書けそうだ、と口を滑らせた。作家に新たな作品が書けそうと思わせるほどのデザイン。これは装丁家冥利に尽きるのではないだろうか。

 佐々木は感無量の面持ちで、朗らかに語った。
「夏を全部捧げてよかったなと思いました」

 このうんざりするほど蒸し暑かった夏での苦労が少しばかり報われるような、気持ちのいい笑顔だった。

 鈴木が、次点に選んだのは木下悠と松山千尋。木下は、受講者と編集者たちの投票で選ばれる特別賞にも輝いた。松山の装丁は、文芸誌編集長の経験を持つ編集者も、「本の海の中で存在感を放っていました」と褒めていた。

 鈴木も「3種類、書店に並べられるのなら、どれが一番売れるか見てみたいくらい。それほどのきんでした」としつつ、その差の理由をイラストの扱いにあるとした。

 木下も松山もイラストレーターに発注した絵を、どうコントロールするかが問われたわけだが、佐々木はそこをワンオペで切り抜けた。こういった短期決戦のコンペにおいて、イラストレーターを介在させることの難しさも感じた。ただし、その差は紙一重と鈴木が言ったのも、たしかだろう。もしも違う課題本だったら、結果も異なっていたように思える。

 鈴木は「今回はひとつの本しか取り上げられなかった。これを10冊くらい繰り返してみると、もっと『装丁の学校』らしくなるのかなと今回の試みで感じました」と総括する。来るべき次回を匂わせつつ、結果発表を終えた。

 腰を下ろした鈴木は、ここでようやく泡の消えかけたビールに口をつけた。鈴木にとっても、受講者たちの熱量を受け止め続けるこの1ヶ月半は、相当にタフな日々だったことだろう。ホッと胸をなでおろして飲むビールは、全身に染み入りそうだ。

オリンピックより熱い夏

 結果発表の後には、見学に訪れたブックデザイナーの先輩からもコメントが送られた。

 アルビレオの草苅睦子は「装丁という狭い世界で情熱を持った方々がこんなにいることが嬉しい。こちらも身が引き締まります」と語り、西村真紀子は「私は、渋谷スクランブル交差点の写真を使った三浦さんに注目していました。何よりもアイデアが面白い。私もがんばらなきゃなと思いました」と、受講者たちの熱をたしかに受け取っていた。

 名久井直子は「私も一冊ずつ考えて今日はヘトヘトになりましたが、大変勉強になりました」と言う。これを短期間で5回もやったのだから、鈴木のヘトヘトも相当なものだったはずだ。名久井も、三浦の「渋谷スクランブル交差点」案が気になったと言いつつ「今はまだ若干ノンフィクションに見えるので、これをフィクションの方向に持っていけたら、一番小説の気分を捉えたのかも」とアドバイス。「本の内容や雰囲気を伝えることが、いかに難しいのか、身につまされました」と語った。

 過去の講義も何度か見に来ていた水戸部功は「飛躍的に良くなっていて驚きました」と述べ、「前回、佐々木さんのデザインを見て、みなさんも『アレに勝たなくちゃいけない』と感じたと思うんですよね。そうやって影響を受けてせったくできた結果なのかな」と分析する。ここにこそ学校を開く意義がある。

 さらに水戸部はこんなエールも送った。

「プロの装丁家は、これを月に10冊、20冊、30冊やっていく。継続がすべてなので、これからもがんばってください、みなさんの名前を書店でクレジットに見る日を楽しみにしております」

 装丁の学校が幕を閉じるにあたって、この前代未聞の企画に、担当作を差し出した編集者の柏原も、「個人的にはオリンピックより熱い夏をみなさんと過ごせて、本当によかったです」と感慨深そうに語った。

 最後に鈴木成一は、こんな言葉で、第一回の装丁の学校を締めくくった。

「私も好き勝手にいろいろ言いましたけど、編集者の方々もみんな全然違うことを言ってましたよね。そんなものなんです。いつもみんなに違うことを言われる。そのたびに装丁家として、彼らの言葉を受け入れて、自分の表現を探っていくんですよ。でも叩かれれば叩かれるほど鍛えられていく。その過程で、自分のスタンスとスタイルを確立し、この業界の中で居場所を作っていくんですね。水戸部さんも言ってましたけど、それを月に何十冊もこなしていくわけで、それを乗り切れる体力も含めた打たれ強さ。これが装丁家の生き方です」

 本屋B&Bを後にした面々は、こぞって打ち上げ会場へと向かう。貸し切りの居酒屋では、これまではライバルという側面の強かった受講者たちが、リラックスした表情で交流を深めていく。

 ブックデザイナーとして駆け出しの彼らは、同業者の仲間と知り合う機会もそう多くはないだろう。「装丁の学校 第一期生」として縁ができた彼らが、この先も共に高め合うことを願ってやまない。わずか5回ではあったが、彼らの時間が結晶した装丁を眺めてきて、いちライターに過ぎない私も、つい思い入れが強くなってしまう。

 鈴木の周りにも受講者たちが自然と集まる。最後の機会を逃さないぞとばかりに、自分の装丁を見せながら、貪欲にアドバイスを引き出す彼らのたくましさに、本の未来にも少しは希望があるんじゃないか、と思えてくる。

この日も、芋焼酎のロックを
ダブルで次々と飲み干していた

 ひっきりなしにそばに来る受講者たちに、鈴木は講義中よりもフランクに語り続ける。これまでは酒席で、鈴木のコメントをもらってきた私だが、この日ばかりは、鈴木と受講者たちに遠慮した。この時間が、彼らの未来と、そこから生まれるであろう本に繋がるのだから、邪魔はできない。

 終電が近くなっても、名残惜しいのか、受講者たちはなかなか下北沢を離れようとはしなかった。そんななか、ひとりタクシーに乗り込んだ鈴木を、いつものように皆が見送った。深くシートに沈んだ鈴木は、何を思うのだろうか。ただひとつ私が知っていることは、この1ヶ月半、鈴木成一は真剣そのものだったということだ。彼の思いを引き継いだ者たちが、どんな本を生み出していくのか。期待せずにはいられない。(完)

(文中敬称略)

取材・文/安里和哲
写真/平林美咲(鈴木デザイン室)

◎筆者プロフィール
あさと・かずあき/フリーライター、インタビュアー。1990年、沖縄県生まれ。ポップカルチャーを中心に取材執筆を行う。ブログ『ひとつ恋でもしてみようか』。Xアカウント @massarassa