見出し画像

鈴木成一と本をつくる#1「装丁において繰り返し使える方法はない」

遂に開講!(写真は鈴木氏) 

かたちある本の魅力と可能性

 継承が難しい時代だ。

 日々猛スピードで技術が更新されていく現代、プロフェッショナルの技と経験を、次世代に引き継いでいくにはどうすればいいのか。そもそも引き継いだところで未来でも役立つのか。心もとない。

 継承の問題には、出版業界も悩まされている。この業界は極めて属人的な営みで成り立っている。ブックデザインや製本の現場においても、もちろん基本的なノウハウは共有されているが、ひとつひとつの本を作る過程に再現性はない。かつては、独自の技やノウハウも、先輩が後輩に教えるというかたちで捉えていたのかもしれない。しかし業界全体が落ち込むにつれて、「教える」ための余裕が失われてきていることは否めない。

 15世紀半ばに活版印刷が発明されて以来、本は大量生産されるようになったが、インターネットとスマートフォンの普及に伴って、物体としての本はその必然性を失った。この文章が載っている『読書百景』というメディアは、「読書バリアフリー」を踏まえて「これからの読書のありかたを広く、深く、そして自由に考え」るために立ち上げられた。出版社も、紙の本とは異なるオルタナティブな読書体験を届ける重要性に気づきはじめている。

 本は必ずしも紙で読まなくてもいい。むしろスマホやタブレット、PCのほうが読みやすいという人もいるだろう。あるいはオーディオブックを聴く、という読み方だってある。

 それでもやはり……。紙の本はなくなるべきではないと感情的になってしまう。本が消え去る未来も想像できない。かたちある本の魅力と可能性が、時代の流れなんかに消されてはならない、と意固地いこじになってしまうのはなぜか。

 かたちある本。その魅力を引き出すのは、装丁家=ブックデザイナーの仕事だ。彼らは、束ねた紙に表紙をつけ、カバーで包み、帯を巻くことで完成する書籍全体のデザインを担う。本の魂を生み出すのが著者だとすれば、その魂にかたちを与えるのが装丁家、といっていいだろう。

 装丁家がいなければ本はつくれない。しかし彼らの仕事の真髄は意外と知られていない。出版産業が転換期にある今だからこそ、装丁のプロセスを知ることを通して、紙の本の存在意義を改めて考えるべきではないか。ブックデザインをないがしろにしてしまっては、「かたちある本」はその意義を失ってしまう。だからこそ「本が好きだ」という人間は、装丁の仕事に目を向ける必要があるだろう。

駆けつけ一杯

「鈴木成一デザイン室」。本をめくる習慣のある人なら、意識せずともその名に覚えがあるはずだ。その9文字は、1万冊超の書籍の奥付に刻まれているという。鈴木成一その人は、ひとりでキャリアをスタートさせた。

 大学時代、同期の演劇公演ポスターを作った。そこから広告や映画宣伝のグラフィックデザインを任されるようになり、やがて装丁家としての依頼が増えていった。そして1992年、30歳の頃に事務所を立ち上げる。

 鈴木自身、装丁は誰からも学んでこなかったという。ゆえに、自身のもとに集まったスタッフたちにも手取り足取り教えるなんてことはしなかった。いつも実践を通して、その「背中」で、仕事のやり方を伝えてきた。

 そのキャリアも30年を超えた今、鈴木の経験やスキル、センスは業界の財産となっている。それが後進に伝わらないのは、あまりにも惜しい。今こそ鈴木成一の真髄を、きちんと継承すべきではないか。「読書百景」編集長の柏原航輔に、酒の場で焚きつけられた鈴木は、酔いも手伝ってその提案に乗った。

 その結果がこの「鈴木成一 超実践 装丁の学校」である。ふたを開けてみれば、安くはない参加費にもかかわらず、定員いっぱいの希望者が集まった。酔いから覚めた鈴木は、彼らのポートフォリオにすべて目を通した。自身が手がけてきた本も、すべてゲラに目を通す鈴木にとって、受講者の情報をインプットするのは当たり前のことなのだろう。2024年6月24日、鈴木は万全の態勢で、このワークショップに臨んだ。

 会場は下北沢の本屋 B&B。筆者が開始1時間以上前に到着すると、鈴木はすでに準備に追われていた。その傍らにはビールがあった。ふだんは寡黙な印象だが、酒を含めば陽気なおじさんだ。外は蒸し暑かったこの日も駆けつけ一杯、喉を潤し、舌はなめらかになった様子。ちなみに、鈴木が飲んだのは一杯だけ。イベント中は一滴も飲んでないことも書き添えておこう。

 鈴木がブックデザインを直接教える場に立つことは極めて珍しい。「鈴木成一デザイン室」のスタッフたちも見学に来るほどだ。開始30分前、少しずつ受講者たちが集まりはじめた。みな初対面ということもあってか、緊張感が会場を満たしていく。椅子が埋まり熱気が高まるが、妙な静けさが会場を満たしている。

室内は緊張感に満ちていた 

 全5回の「超実践 装丁の学校」は、その名の通り、実践を通して学んでいく。受講者はこれから出版予定の書籍のゲラをもとにデザイン案を考える。しかも最終回の審査で最優秀賞に選ばれた案は、実際に採用されるという。

 この大胆な試みのために我が身を差し出したのは、本イベントを仕掛けた柏原である。『ルパンの娘』シリーズで知られる小説家の横関大よこぜきだいの理解を得て、今秋刊行予定の最新作『誘拐ジャパン』を「装丁の学校」の課題書籍とした。書籍の売上を大きく左右する「本の顔」を受講者に委ねるというその一点にも、このイベントに賭ける思いが伝わってくる。

 時計の針が7時を回った。前代未聞のワークショップが、いよいよ開講する。

ひとつの仕掛けで本質をわしづかみ

 初回は「装丁概論」と題して、基本的な考え方を鈴木が伝えていく。

 鈴木の仕事は「ゲラ読み」から始まる。読むことで内容を"内面化”し、「半ば作家になる」ことではじめて、その本にふさわしいデザインが考えられるという。

 ブックデザイナーの中には、ゲラをほとんど読まずに、自らの作家性を発揮して意匠をこらす芸術家タイプもいる。しかし鈴木はあくまでも著者の書いた原稿から受けたインスピレーションをもとに、その内容をつかみ、未知の読者にアプローチできる「正解」を探る。

 朝起きたら読み、通勤電車で読み、仕事場でも読み、土日も読む。徹底した"原稿主義”が、鈴木の仕事の真髄だ。

「本はひとつずつ違う、別物です」と鈴木は語る。「だから、装丁において繰り返し使える方法というのはないんです。テクニックを使い回すと新鮮味がなくなる。新鮮な気持ちが大事です」

 そんな鈴木の仕事ぶりを具体的に見てみようと、柏原が持ってきたのが、自身の担当作で、発売されたばかりのリーガルサスペンス『人質の法廷』(里見蘭・著)だ。

 白地の表紙のど真ん中に黒字のタイトルがドンと構え、そのうえを有刺鉄線が幾筋も走る、衝撃的なビジュアルだ。有刺鉄線の質感を再現するため、カバーにはUVシルク加工を施したという。

鈴木成一デザイン室が装丁した『人質の法廷』。
右は、編集者との打ち合わせの際、実際に鈴木氏が持ってきたもの

 悪名高い「人質司法」を撃つ同作を読んだ鈴木は、すぐこのアイデアが浮かんだ。この有刺鉄線を巻くというアイデア自体は、ずっと温めていたのだそう。原稿を読んでイチから装丁を考えることもあれば、ストックから引っ張り出してきたアイデアを使って、本の魅力を引き出すこともある。その両軸があるからこそ、鈴木はたくさんの本にかたちを与えられるのだろう。

「本を有刺鉄線で巻く」。言ってみればそれだけのことだが、ひとつのアイデアで書籍の本質をわしづかみして、存在感を際立たせる”装い”に本を仕立てるのは、経験とセンスの為せる技だ。

 鈴木の仕事ぶりを垣間見たことで、スタート前には緊張の色も見えた参加者たちの目にも光が灯った。そして参加者と鈴木、柏原による「公開打ち合わせ」が始まる。

いかに遊ぶか、いかにお茶目にイジれるか

 受講者は順番に自己紹介をし、『誘拐ジャパン』のゲラを読んだ感想、そして現段階でのデザイン案を発表していく。

 今回の課題作である『誘拐ジャパン』は、とある大物政治家の命令を受けた3人の女性たちが、現職総理大臣の孫を誘拐するという筋書きだ。誘拐という物騒なテーマを扱い、現実の政治状況も想起させながら展開する。その一方で、横関さんの軽妙な語り口と、個性的に書き分けられた登場人物たちの群像劇は笑いも誘う。シリアスとコミカルの両面を具現化するのは容易ではない。

 鈴木成一イズムをしっかり予習してきたのであろう、ほとんどの受講者がゲラを一読しており、早くも具体的な案を出す方もいる。受講者たちの読みは鋭く、深い。参加者は半数ほどが実際に装丁を仕事にしており、そのほかもデザイナーとして活躍している人が多い。新幹線でやってきた関西在住の人もおり、本気度の高さが窺える。

 受講者である小守いつみの、「誰一人欠けても誘拐は成功しなかったから、『みんなが共犯者』なのかな」という発言には、鈴木も「おもしろい。たしかに社会はだいたい共犯。明るい共犯者のイメージは合いますね」とコメント。柏原も「帯に使えるかもしれない」とメモを取る。

 奥田朝子はタイトルの『誘拐ジャパン』を「サムライジャパン」的なニュアンスとして捉え、そこから「スポーティで明るい誘拐のイメージをピクトグラムで表現してみたい」という。これには鈴木も納得の表情を浮かべ、「『愉快ジャパン』みたいな、これくらいのノリはいいですね」とダジャレで応じる。

 この日、鈴木は「いかに遊ぶか、いかにお茶目にイジれるか」「せっかくの機会だから、自分を出して遊んでみてください」といった言葉を何度か口にした。エンタメ文芸の実力者として知られる著者の個性を踏まえたアドバイスであるのは当然だが、それと同時に、この大胆なワークショップにふさわしいのは思い切りの良さだ、というメッセージにも思えた。

 今回、受講者たちの発表した案は、表紙カバーに「イラスト」を使って『誘拐ジャパン』の軽妙さを表現したいというものが多かった。鈴木も概ねその方向性に同意していたが、はたしてそれが本当に“正解”なのか。それはまだ誰にもわからない。

 全員が話し終えると、最後は質問コーナーへと移る。イラスト案を依頼する際のギャラ交渉の方法や、装丁にかけられる予算はいくらなのかといった具体的な質問は、実践形式のワークショップならでは。

 ちなみに前者に対して鈴木は「プレゼン次第ではタダで引き受けてくれる方もいるでしょう。まぁ、人徳にもよるけど……」と笑いながらも「とはいえ、今回はあくまでもコンペ用の案だと伝えれば、イラストレーターの方も少ない謝礼でも快諾してくれるはず。僕の知り合いだったら、間に入っても構いません」と答えた。

 後者については柏原が「あまり素材にこだわって予算が上がるのは……」と渋い表情を浮かべる。しかしこれすらも編集者との駆け引きであり、受講者たちの熱意とアイデア次第では、ゴージャスなあしらいの本が誕生する可能性もあるかもしれない。

 今回の発表と鈴木の言葉を受けて、参加者がどのような具体的な案を次に持ち寄るのか、楽しみだ。

 来たるべき”次”は、7月10日、11日に行われる。初回から2週間後のこの日、受講者は装丁のラフ案を提出しなければならない。授業が始まるまでに、鈴木はすべてのラフ案に目を通し、個別に指導していくという。18名の受講者と徹底的に向き合うため、2日間に分けて行われるという点からも、鈴木の本気度が伝わってくる。

 初回終了後、受講者に話を聞くと「今日はまだ初回なので、いい案は隠しておきました」と語る人もいた。最終プレゼンの瞬間にクライマックスを持っていくことで、強い印象を残すという作戦らしい。と今回のチャンスをものにするべく虎視眈々こしたんたんと狙っている者もいるあたり、「超実践」の名に偽りはない。

 鈴木成一と受講者たちの真剣勝負は、すでに始まっていたようだ。

(文中敬称略)

取材・文/安里和哲
写真/平林美咲(鈴木デザイン室)

◎筆者プロフィール
あさと・かずあき/フリーライター、インタビュアー。1990年、沖縄県生まれ。ポップカルチャーを中心に取材執筆を行う。ブログ『ひとつ恋でもしてみようか』。Xアカウント @massarassa