女性鍼灸師の施術室より:オーバーワークに「もう限界」と涙が止まらないあなたへ【黒い感情と不安沼】#8
不安。それはときに呪いや妬みといった黒い感情を引き寄せる、やっかいな感情。病気ではないので明確な治療法はないし、周囲の理解や共感も得にくいので沼にハマると苦しくなります。やがて心は疲弊し、血流は悪化、体調は最悪に。心と体は一体だからです。女性鍼灸師のやまざきあつこさんの元には、そんな患者さんがたくさん訪れます。この連載では、8万人におよぶセッションを通じて彼女が導きだした、薬や医療に頼らないでそこから這い出る方法のヒントを伝えます。
☆第1話はこちらから。第7話はこちらから。
施術に来る度にだるい、イライラする、限界、と泣く患者さん
瑠璃子(るりこ)さん(53歳)は、メンタルクリニックで処方される大量の薬に不信感をもって当院に来られた人です。
彼女は男社会の色合いが濃い業界で頑張ってきた人で、社内では非常に珍しい、女性管理職に任命されたのだそうです。ところが、そのあたりから、不調を感じはじめます。
内科に通院したものの疾患は認められず。今度はその内科医に紹介され、メンタルクリニックに行ったそうですが、付いた診断名は「軽度のうつ病」。増える薬と、それでも治まらない不快な症状に瑠璃子さんはドンドンと追い詰められるような気がしたそうです。
「会社は『これからは女性の時代』といって私を担(かつ)ぎ上げましたが、それはアドバルーンを揚げたのと同じ。やっぱり、今でも周りの男性たちには、『女=軽く扱ってもよい存在』という暗黙の了解があるんです。それで、ことあるごとに、やっかいな案件を押し付けられる始末で。女っていうだけで、立場的にはすごく弱いんです。それでも、ガムシャラにやっていたつもりなんですが、今度という今度は参りました」
瑠璃子さんの課に、社内でも「お荷物」と言われる男性が異動してきたことで、業務が円滑に進まなくなったのだそうです。
「使えない、と言ったらあれですが……いわゆる、そういう人。先生、ここはクローズドな場所なので、こういう言い方、許してくださいね。つまり、会社から、テイよく押し付けられた形です。人材的にはマイナス1どころか、彼の尻拭い業務も増えて、体感的にはマイナス100にも1000にも感じる有様です。会社は管理職である私に『職務遂行能力』を求めますから、ストレスは増える一方です」
この国では、女性がバリバリと働き続けるには、まだまだ厳しい現実があります。正直、見えない天井を感じることのほうが多いと思います。その中で、サバイバルしていかなければならないのですから、肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまうのは無理からぬこと。
オーバーワークになった瑠璃子さんは、施術室でも、よく「だるい」「イライラする」「限界かもしれない」と、泣いていました。
こういうときは、スパッと辞めて転職する、あるいは休職するという手段が必要かもしれません。ところが、制度が整っている企業ばかりではないようで、瑠璃子さんの職場は「嫌なら去れ」という企業風土。年齢的にも、次があるとは思えず、何よりも、仕事を途中で投げ出すような真似はできないということで、自分だけでどうにかしようとあがいていたようです。
「よろしく頼むよ。期待してるから」に飲まれている場合ではない
この「自分だけでどうにかしようとあがく」クセ。真面目で責任感が強い女性に多いです。少し辛辣な言葉を投げかけるとしたら、「いい人でありたい」という気持ちが強い人ともいえます。
「いい人」というのは文字通り「いい人」なので、とても素晴らしい性質です。ところが、「人からよく思われたい」「いつでも高評価が欲しい」「失敗は許されない」という思いが根底にあり過ぎると、往々にして、自分自身をないがしろにしてしまう。つまり、ひとつの「心のクセ」のようなものなのですが、自分が苦しい立場にあっても、相手に迎合することを選ぶ習性があるのです。
哀しいことに社会には、弱肉強食の面があります。強い存在には歯向かわないのに、弱い存在にはキツく当たる傾向があるんですね。
そのため、〝言われやすい〟人は、結果的に面倒事を押し付けられやすいのです。なんでもハイハイと言うことを聞いてくれるだろうと、変に期待されるのです。
ここで、考えて欲しいのです。究極、自分を守れるのは、自分しかいません。他人は守ってくれないんですよ。なぜなら、他人にとってもまた、自分を守れるのは自分だけだから。よほど余裕のある奇特な人がいれば別かもしれませんが、まずは「自分」ということは、誰にとっても同じ条件なのです。
であるならば、瑠璃子さんは冷静に、自身が置かれている状況を分析する必要があります。
① 「お荷物男性」が仕事ができないことは、上の役職の人たちは全員知っている
② 現在の瑠璃子さんの課内は、人員がひとり欠けているも同然な状況
③ 新たな人員補給もない状態で、対前年比以上の成果を要求されている
④ 部下への指導も含めて、仕事がうまく回らないのは自分の責任だと感じている
もし、これが事実であるならば、瑠璃子さんは直属の上司に掛け合わなければなりません。この状況ならば、仕事の進捗状況が芳(かんば)しくないのは当たり前。放置すれば、会社の業務にも影響しますから、会社全体の問題のはずです。
それなのに、理不尽なことまですべて背負い込んで自分の責任だと思ったら、涙がこぼれますって。でも、ひとりで泣いていても、状況は良くならないのであれば、まずは主張しましょう。
「進捗状況の遅れは私の責任ではない」、もしくは「手に負えないから、上のほうで考えて欲しい」と。「そう言わず、よろしく頼むよ。期待してるから」などという甘言に飲まれている場合ではないのです。
最初は勇気がいる「アサーティブコミュニケーション」
反論しないことを美徳と教え込まれた女性は、少なくないでしょう。でもね、ここは違うとか、譲れないとかの自分の尊厳に関することや、怒るのが当たり前の出来事を何もなかったように飲み込むのはやめましょう。
今、日本でもようやくアサーティブコミュニケーションという「自分と相手の双方を尊重した自己表現方法」が認知されつつあります。
相手の立場や意見を尊重しつつ、自分の主張も正確に伝えて、双方が気持ちよくコミュニケーションを交わすことによって、良好な人間関係を築くことを目的にしたものです。
つまり、一方的に自分の主張を押し通そうとするのも、相手の意見を尊重し過ぎるあまりに受け身になってしまうのも、よろしくないよねということなのです。
特に、周囲の目や評価を気にし過ぎるあまりに自己表現を恐れてしまう人は要注意。瑠璃子さんのように、自分の意見や感情を抑え込みすぎると、不満や不安を溜(た)めこむことになりますから、結局は体がストレスに蝕(むしば)まれてしまいます。
この自己表現には、経験も必要です。今までやってきたことがないのでしたら、なおさら、最初は怖いと思いますよ。でも、ここは頑張りどころです。
もし、自分の荷が重すぎて、心の中で不平不満が渦巻いて、負担を軽くしたいと願うのなら、行動しましょう。自分を強く持つんですよ。あなたの身体を助けられるのは、あなただけなんです。
瑠璃子さんは、施術台に横たわりながら、「私、いい人やめないとダメですね……」と呟きました。
もちろん、一朝一夕に「万事解決」という話にはなりません。けれども、しばらくして瑠璃子さんには、明らかな変化が出てきました。
「先生、なんだか気持ちがラクになったんです。心のクセは中々、治らないんですが、それでも、『納期遅れは私のせいじゃないから』とか『責任取るのは、もっと上の人!』と思って、自分を追い込まないようにしています。心の中の決め台詞は『いつでも、上席にぶっちゃけてやる!』です(笑)」
待ってました! というほどの進歩です。瑠璃子さんの体調回復までは、まだしばらくかかるでしょうが、私は彼女の血流をよくしながら、少しずつ強くなってくれるといいな、と、施術に励んでいるところです。
●やまざきあつこ
1963年生まれ。鍼灸師。藤沢市辻堂にある鍼灸院『鍼灸師 やまざきあつこ』院長。開業以来30年間、8万人の治療実績を持つ。1997年から2000年までテニスFedカップ日本代表チームトレーナー。プロテニスプレーヤー細木祐子選手、沢松奈生子選手、吉田友佳選手、杉山愛選手などのオフィシャルトレーナーとして海外遠征に同行。プロライフセーバー佐藤文机子選手、プロボディボーダー小池葵選手、S級競輪選手などの治療にも関わる。自律神経失調症の施術に定評がある。著書に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。
●鳥居りんこ(とりい りんこ)
1962年生まれ。作家、教育&介護アドバイザー。2003年、『偏差値30からの中学受験合格記』(学研プラス)がベストセラーとなり注目を集める。執筆・講演活動を軸に、現在は介護や不調に悩む大人の女性たちを応援している。近著に、構成・取材・執筆を担当した『1日誰とも話さなくても大丈夫 精神科医がやっている猫みたいに楽に生きる5つのステップ』(鹿目将至著、双葉社)など。鍼灸師やまざきあつこ氏との共著に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。