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女性鍼灸師の施術室より:「断らなければ感謝される」の呪いにとらわれるあなたへ【黒い感情と不安沼】#7

不安。それはときに呪いや妬みといった黒い感情を引き寄せる、やっかいな感情。病気ではないので明確な治療法はないし、周囲の理解や共感も得にくいから沼にハマると苦しくなります。やがて心は疲弊し、血流は悪化、体調は最悪に。心と体は一体だからです。女性鍼灸師のやまざきあつこさんの元には、そんな患者さんがたくさん訪れます。この連載では、8万人におよぶセッションを通じて彼女が導きだした、薬や医療に頼らないで這い出る方法のヒントを伝えます。
☆第1話はこちらから。第6話はこちらから。

どうやって断ろうと考えただけでお腹が痛くなる

「断れない人」というのがいます。相手が強引すぎるとか、断った後の気まずい空気が苦手だとか、嫌われたくないとか、理由はいろいろあると思います。それで、ついつい押し付けられたという結果に陥りがちなんですが、問題は「その後の気持ち」。
 
 結果的にせよ「断らない」ということは、相手からのなんらかの頼みごとを承諾しているのですが、これが困ったもので、大抵の場合「良かった!  断らなくて」にはならないものです。それも、引き受けてから時間が経(た)った後で後悔することのほうが多いから、余計やっかい。人間、やっぱり自分の気持ちには嘘はつけないので、渋々承服した(または、させられた)物事は、徐々に、負担になっていくんですね。
 
 昔から強引な誘いに弱いという若葉さん(34歳)が、自虐気味に語り始めます。
 
「先生、またやっちゃいました、私……。実は、昨年、マンションを買って引っ越したんです。でも、夫は朝から晩まで仕事なので、幼児の世話は相変わらずワンオペです。それは仕方ないことですが、新しい土地で友だちもいなくて、とにかく誰でもいいから大人と話したかったんです」
 
 そんなある日、若葉さんにご近所ママから「ホームパーティ」への招待があったそうです。
 
「子どもと一緒に伺ってもいいってことだったので、もう本当に嬉しくて。それで2回ほど、そのお宅でお茶をご馳走になりました。3回目にお呼ばれしたとき、『今日は友だちも呼んでいるから、ご一緒にお茶しましょ』と言われたんです。結論を言っちゃうと、日用品の勧誘で、いわゆるネットワークビジネスの会でした」
 
 若葉さんは「良い製品だから」「みんな、使っている」、でも「会員にならなければ割引は使えない」などと迫られたといいます。
 
「招待されていた人は次々とそこの製品を購入していくので、断りにくくなってしまい、渋々、ひとつだけ買ったんです。確かに良い物かもしれませんが、私には高価すぎです。また来月もそのお茶会に呼ばれているんですが、同じマンションの人で子どもも同学年。どうやって断ろうって考えただけで、お腹が痛くなってトイレに駆け込む日が続いているんです」
 
 若葉さんが「また、やっちゃった」と言ったのには訳があって、以前にも同じようなことがあったからです。前の住まいで、若葉さんはご近所ママたちからの誘いで生協の班の共同購入に加入。自ら進んでというよりは「子どもが小さい内は宅配が便利」「共同購入なら配送料が無料」などという言葉で、半ば強引に仲間にされたという経緯があるのです。
 
 しかし、そのうちにメンバーがひとり、ふたりとやめていき「班から抜けたい」とは余計に言い出しにくくなったといいます。脱退者をそれ以上出すと班が維持できなくなる規約があったのが大きかったようですが、その他にも、不在の人の冷凍品を預かっておくのが徐々にストレスになっていたそうです。けれども、その頃は、班長になっていた若葉さん。モヤモヤを抱え込むうちに胃腸の具合は絶不調。そういう事情で、当院にいらしたことがあるのです。

相手の意見に迎合したらその場が丸く収まった“成功体験”

 若葉さんがため息をつきます。
 
「そうですよね、あの生協事件のときと同じですね……。あのときは、引っ越しがあったので、強制終了ができたんですが、また、同じことが起きてしまい、本当に落ち込みます」
 
 もちろん、一番いい方法は、気が進まないのならばキッパリと断ることです。それができたら、どんなにラクかと思われるでしょうが、これは考え方の問題。いわゆる“思考のクセ”というものです。
 
 断れない人に理由を尋ねると、「断ると人間関係にヒビが入る」「マイナスな印象を持たれたくない」と、答えることが多いです。
 さらに突っ込んで聞くと、心の奥底に「人から嫌われたくない」「周りに認められたい」という心理が見え隠れするのです。
 人からの頼みごとを引き受けることで、相手からの感謝を引き出す。それが承認欲求を満たすツールとなっている面もあるのでしょう。
 
「断れない人」に共通しているのは「YES/NO」を伝えるのに、ある種の“恐れ”を持っていることです。成育歴の中で、自分の意見を無視された、嘲笑された、あるいは叱責されたという出来事があり、そのショックが心の奥底に嫌な記憶として定着しているように感じることは少なくありません。深層心理の中に「断ったら、愛されない」という不安があるのだと思います。
 
 これに上乗せして「相手の意見に迎合する」というカードで、その場が丸く収まったという“成功体験”を得た場合、「自分の意思よりも他人の意思」を優先したほうがわが身の傷が浅い、あるいはメリットがあると学習した人が多いように見受けられるのです。
 
「YES/NO」を毅然(きぜん)と伝えるのは、ある意味、勇気がいることです。しかも、これは、幼い頃からの習慣付けも影響します。何かを目の前に出されて「ノーサンキュー」という選択肢があるということを知らない、あるいは使うことを許されなかった場合、「断る」という意思表示に罪悪感を持ちやすいのですが、もし、そのせいでしんどくなるのであれば、ここは〝思考のクセ〟を見直すチャンスです。
 
「断る」ことは、その人を「否定」しているのではない、という事実に気付いてください。
「NG」を伝えるのは、相手の人格を否定しているのではなく、あくまで、こちらの都合を伝えているだけです。

マイルールを意識すれば、断れない自分を守ることができる

 例えば、鍼灸院で次回の予定を入れるとしましょう。鍼灸師が「〇月〇日の〇時はいかがですか?」とうかがったとして、患者さんの予定が合わなかった場合、その人は「その日は無理です」と断りますよね。そこで「せっかく候補日を挙げたのに!  予定を合わせないとは何事か!」となる鍼灸師はいません。患者さん側も予定を無理くり動かすよりも、お互いの予定が合う日に予約を入れれば済む話。鍼灸院だけでなく、病院、美容院、仕事関係の打ち合わせ、友人との飲み会など、日常生活の中で「都合が悪い」というNGを伝える場面は多いと思います。これに罪悪感を持つ必要があるでしょうか。 
 
 自分にとって都合がつかないことは、最初に相手に正直に伝えておくほうが物事はスムーズに回っていくものです。何かを勧められた場合の対応も基本的にはこれと同じです。
 
 しかも、断る理由は要らないんですね。鍼灸院の予約の場合で考えるとわかりやすいかもしれません。「その日は〇があって〇だから〇で来れません」という理由は必要なく、必要なのは「その日時でOKか?  NGか?」だけです。
 
 先の若葉さんのネットワークビジネスの勧誘であれば、短く「私は要らないので失礼します」とだけ伝えて、サッサとおいとますればいいのです。
 理由を言えば、勧誘者はあらゆるロジックを用いて、翻意させようと説得してくるでしょうから。それが相手側のビジネスであるならば、なおさら相手は必死になります。でもね、そういう方々は断られるのも慣れているものです。ここは考え過ぎず、明るく「ノーサンキュー!」でいいと思いますよ。嫌ならば断りましょう。
 
 “心のクセ”をやめるのは中々に大変なことです。「断れない自分」がいるという自覚があるのであれば、人と付き合う際は常に意識しておくことが大切です。
 他人は言いやすく、押し付けやすい人に要求してくるものです。押し付けられやすい性格だとわかっているのであれば、「1回目のお願い事は許容するが2回目は断る」、あらかじめ、断りの文言のシミュレーションをしておくなど、自分なりの人付き合いのルールを決めておきましょう。その意識が、断れない弱い自分を守る方法のひとつでもあるのです。

●やまざきあつこ
1963年生まれ。鍼灸師。藤沢市辻堂にある鍼灸院『鍼灸師 やまざきあつこ』院長。開業以来30年間、8万人の治療実績を持つ。1997年から2000年までテニスFedカップ日本代表チームトレーナー。プロテニスプレーヤー細木祐子選手、沢松奈生子選手、吉田友佳選手、杉山愛選手などのオフィシャルトレーナーとして海外遠征に同行。プロライフセーバー佐藤文机子選手、プロボディボーダー小池葵選手、S級競輪選手などの治療にも関わる。自律神経失調症の施術に定評がある。著書に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。 

●鳥居りんこ(とりい りんこ)
1962年生まれ。作家、教育&介護アドバイザー。2003年、『偏差値30からの中学受験合格記』(学研プラス)がベストセラーとなり注目を集める。執筆・講演活動を軸に、現在は介護や不調に悩む大人の女性たちを応援している。近著に、構成・取材・執筆を担当した『1日誰とも話さなくても大丈夫 精神科医がやっている猫みたいに楽に生きる5つのステップ』(鹿目将至著、双葉社)など。鍼灸師やまざきあつこ氏との共著に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。