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女性鍼灸師の施術室より:不安との戦いに勝つために今夜も検索の鬼と化すあなたへ【黒い感情と不安沼】#5

不安。それはときに呪いや妬みといった黒い感情を引き寄せる、やっかいな感情。病気ではないので明確な治療法はないし、周囲の理解や共感も得にくいので沼にハマると苦しくなります。やがて心は疲弊し、血流は悪化、体調は最悪に。心と体は一体だからです。女性鍼灸師のやまざきあつこさんの元には、そんな患者さんがたくさん訪れます。この連載では、8万人におよぶセッションを通じて彼女が導きだした、薬や医療に頼らないで這い出る方法のヒントを伝えます。
☆第1話はこちらから、第4話はこちらから。

口に違和感で「口腔がん」、ドキドキすれば「心臓が痛い」で疲れ果て……

 私たちの不安をあおる行為のひとつに「検索」があります。今はスマホがあれば、わからないことも一発回答という時代。画面の中は“専門家”であふれていますから、頼りたくなるのも無理はありません。けれども、その行為が“不安沼”にハマり込むキッカケと化すことがあるのです。
 
 高校生のときに実のお母さんをがんで亡くした桃子さん(当時39歳)の話をしましょう。桃子さんの胸には今でも消えない寂寥(せきりょう)感があるそうですが、もうひとつ、心に重くのしかかって離れない思いがあるといいます。
 
「母が逝(い)った40歳で自分の命も尽きるに違いない」
 
 母を亡くした高校生のときから抱えてきた不安は、「40歳」という数字が近付くにつれ、時限爆弾となって桃子さんの心でカウントダウンするかのようでした。
 
 それゆえ、どこか体に痛みを感じただけでも検索しまくり、「病気か否か」を確認するクセが常習化。毎日、途方もない時間を「検索」に費やしているといいます。これは「病への不安」がなせるわざなのですが、当人も困っているようです。
 
「例えば、口内炎だけでも『口腔がん!?』って思って検索しちゃうんです。こないだは『心臓が痛い』で検索しまくり、疲れ果てました」
 
 疲れるのは当たり前で、ネットでは安易に答えは見つからないでしょうし、見つけたように思っても、それが果たして正解かどうかもわからない。疑心暗鬼のループは逆に止まらなくなります。
 
 桃子さんへの正攻法アドバイスとしては「病院で検査をしてもらおう!」なのですが、桃子さんだけではなく、当院にいらっしゃる大抵の患者さんは、すでに何か所かの病院に行かれて「問題ない!」とのお墨付きを得ています。
「『問題ない』なら、なんで不調が続くの?」とお悩みなんです。
 不調というのは、体と心が影響し合い、どちらかがオーバーワークになった場合に突然、“症状”となって現れるので、大変、やっかいなんです。

不安→スマホ依存→迷路にハマり不安は募り「今夜も眠れない!」

 桃子さんのケースで言えば、心の奥底に「母の死」が幾層にもわたって沈殿しており、それが漠然とした「恐怖」を生み出しているのだと推測されます。
  「死への不安」は人間であれば誰しもが感じるものです。しかし、私たちは「(死について)考えないフリ」をして生きているようなところがありますから、それが強いか弱いかだけの差とも言えるでしょう。
 
「不調にイチイチ怯(おび)えてしまい、自分でも馬鹿みたいです……」
 
 という桃子さんですが、私は馬鹿だとは思いません。多くの人がハマりがちな検索例には「病」だけでなく、自分や自分の会社などに関するエゴサーチ、さらには「寂しい」「疲れた」などという“感情”もあります。
 
 人生はある意味においては「不安との戦い」です。安らぎや安心感を求めようと、人はアレコレやりながら、人生の多大なエネルギーと時間を費やしている動物ですが、今は“魔法の道具”がある時代。ふとした拍子に不安の芽を見つけると、検索窓にそのワードを打ち込んでしまうのは「あるある」です。深刻度の差はあれど、やっていない人を探すほうが難しいのではないでしょうか。
 
 つまり、私たちは簡単に「答え」を見つけられる恩恵を得る代わりに、この沼にハマる危険も手に入れてしまったわけです。しかし、これはもう仕方ないことだと思います。なぜなら、スマホがない時代にはもう戻れないのですから。
 
 問題は、その行為が始まるのはたいてい夜で、ハマると明け方まで続くということ。睡眠不足はダイレクトに自律神経のバランスを崩します。不安があるから、スマホに頼るのですが、それは迷路への入口になりやすいので、出口が見つからず、余計に不安を煽(あお)られ、結果、眠れなくなります。そうなると、ますます不調に陥るという負のサイクルができ上がります。

朝の光は自律神経を整えるには最高の薬

 残念なことに、検索サーフィンは放っておくとひどくなる傾向があります。であるならば、提案です。検索は「今日が終わるまで」に済ませること。私が思うに「検索」は、仕事帰りに寄る本屋さんでの立ち読みのようなものです。立ち読みも大いに結構ですが(いや著者としてはそのあとに購入してほしいのですが笑)、帰る時間は決めたほうがいいです。遅くとも12時の鐘が鳴る前に〝魔法の道具〟は、そっとベッドサイドに置きましょう。
 
 そうそう、忘れていました。桃子さんのその後です。
 先日、彼女は無事に41歳になりました。当日まで「検索の鬼」と化していた桃子さんですが、不思議なことに誕生日以降、その頻度が劇的に減ったそうです。
 
「自分でもうまく説明できませんが、これからは母が生きられなかった人生を歩く責任があるというか……。とにかく、生きていることに感謝しないといけないって思っています」
 
 この1年ほど、桃子さんは0時前には布団に入り、早朝にジョギングする生活をしているといいます。
 朝の光は自律神経を整えるには最高の薬。桃子さんが当院を卒業する日も近いことでしょう。

●やまざきあつこ
1963年生まれ。鍼灸師。藤沢市辻堂にある鍼灸院『鍼灸師 やまざきあつこ』院長。開業以来30年間、8万人の治療実績を持つ。1997年から2000年までテニスFedカップ日本代表チームトレーナー。プロテニスプレーヤー細木祐子選手、沢松奈生子選手、吉田友佳選手、杉山愛選手などのオフィシャルトレーナーとして海外遠征に同行。プロライフセーバー佐藤文机子選手、プロボディボーダー小池葵選手、S級競輪選手などの治療にも関わる。自律神経失調症の施術に定評がある。著書に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。 

●鳥居りんこ(とりい りんこ)
1962年生まれ。作家、教育&介護アドバイザー。2003年、『偏差値30からの中学受験合格記』(学研プラス)がベストセラーとなり注目を集める。執筆・講演活動を軸に、現在は介護や不調に悩む大人の女性たちを応援している。近著に、構成・取材・執筆を担当した『1日誰とも話さなくても大丈夫 精神科医がやっている猫みたいに楽に生きる5つのステップ』(鹿目将至著、双葉社)など。鍼灸師やまざきあつこ氏との共著に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。