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女性鍼灸師の施術室より:過去の失敗・失態がトラウマ化して未来が怖いあなたへ【黒い感情と不安沼】#9

不安。それはときに呪いや妬みといった黒い感情を引き寄せる、やっかいな感情。病気ではないので明確な治療法はないし、周囲の理解や共感も得にくいので沼にハマると苦しくなります。やがて心は疲弊し、血流は悪化、体調は最悪に。心と体は一体だからです。女性鍼灸師のやまざきあつこさんの元には、そんな患者さんがたくさん訪れます。この連載では、8万人におよぶセッションを通じて彼女が導きだした、薬や医療に頼らないでそこから這い出る方法のヒントを伝えます。
☆第1話はこちらから。第8話はこちらから。

「その日が近付いてくるのが怖いんです」

 朱美(あけみ)さん(50歳)が不安そうな顔で施術室に入ってきました。聞けば、近々、友人と日帰り旅に行く予定があるのだそうです。
「もちろん、楽しみだし、楽しみたいんです。でも、不安のほうが大きくて、その日が近付いてくるのが怖いんです」と涙目で訴えます。
 
 この仲良し旅は次回で3回目とのことですが、1回目は温泉入浴後、気分が悪くなり嘔吐(おうと)。ランチはキャンセルしたそうです。友人の「誰だって体調が悪い日はある!」という言葉に救われ、2回目の旅を実施したところ、頭痛がひどくなり、途中リタイア。そして今回、友人がリベンジと称し3回目を企画してくれたようですが、朱美さんの頭の中は「3回目も体調が悪くなったらどうしよう!?」という不安で一杯です。
 
 友人に、これ以上、迷惑をかけるのも嫌。体調が悪くなるのも嫌。けれども「2度あることは3度ある」になるのではないか? と、怯(おび)えています。
 
 朱美さんが語るには、40代後半から増えてきたとのこと。旅先で体調を崩す、大切な行事の日に限って下痢をする……などで、外出プレッシャーのようなものがあると言います。
 
 女性は月経があるので、ホルモンバランスが崩れやすいのですが、更年期を迎えるに従い、体の不調が増える傾向があります。大病というわけではないので、皆さん、自力でなんとかしようと頑張るのですが、体の不調はメンタルにダイレクトに響くので、自信を失いやすいのです。このような状況が増えていくと、他人から見たら「よくあること」で済まされる出来事も、本人にとっては「重大な過失」に進化しがちです。
 
 しかも、朱美さんは夫からも「また、いつもの行事病?」と揶揄(やゆ)されているといいます。
 この症状で一番悩んでいるのは朱美さんであり、一番悲しんでいるのは朱美さんです。しかし、夫の「何気ない感想」は「なんでもないこと」を「病がある」かのように錯覚させるに十分な魔力を持つもの。朱美さんの現状は、「まだ起きてもいない未来」に怯えている、ともいえます。

試合中のプレーヤーが大きな声を出している理由

 実は、体調も含めて未来のことを心配してしまう裏には、必ず「過去の学習」があるのです。過去、嫌だと思った出来事、あるいは失態をおかしたという記憶は、不意打ちのように一瞬にして蘇(よみがえ)り、自律神経を攻撃します。攻撃を認知した神経は緊張しますし、心は危険回避のために、逆にその記憶に集中してしまうのです。これでうまく逃れられるならばいいのですが、得てして不安は的中。これが繰り返されると、その出来事が「トラウマ化」してしまう危険性が出てきます。これが問題なのです。
 
 記憶を「トラウマ化」させないためには、「意識」を「エネルギー」に変えましょう。意識に怯えるのではなく、エネルギーで打ち負かすイメージです。
 
 皆さんも、試合中のプロテニスプレーヤーが自分のミスに対して、大きな声を出しているシーンを見たことがあるかと思います。これは、大声を出すことによってイライラを吐き出し、ミスに対するマイナス感情を制御して、次の一球だけに集中しようとしているため。失敗の記憶を即座に消し去る「起爆剤」が大声なのですが、これが参考になります。
 
 人間の体は危険を察知しただけで固まってしまいますが、これを意図的に変えます。つまり、「切り替え」の練習をしましょう。
 人間は元々、そんなに器用にはできておらず、厳密に言えば、脳内で同時に物事を考えることは無理です。それゆえ、朱美さんのように「また、なるかも!」という思いにとらわれると、他のことを考えるスペースが脳に生まれないのです。逆にいえば、その瞬間に素早く他のことを考えれば、先に考えていたことは脳から押し出されます。

脳内に「心配」を入れないよう、別のことで満杯にする

 これには、よりパワーがある別のプレッシャーを感じることが有効になったりします。体へのアプローチならば、走る、踊る、大声で歌うなどが効果的です。速い動きは邪念を追い払ってくれるんですね。心にアプローチするならば、仕事に集中する・数独やジグゾーパズルに熱中するなど、脳内に「心配」を入れないように、別のことで満杯にするようにトライしてみてください。
 
 そして最も大切なのは「そうなったら、どうしよう?」と思いそうになる気持ちをこらえて、心配な出来事に対していいイメージをもつこと。同時に「なってもなんとかなるし、そうはならない!」と強く念じることです。
 
 私に言わせれば、誰だって人生は失態の連続です。失敗は日々、バージョンアップされているようなものです。しかし、だからと言って過去の失敗に呑み込まれる生き方はもったいないです。トラウマの種は毎日発芽しますが、それを大事に育てる必要はありません。
 
 後日、来院した朱美さんは笑顔でした。旅先でのランチを美味しそうに食べる姿をイメトレしたことが役立ち、プチ旅を楽しむことができたそうです。
 
●やまざきあつこ
1963年生まれ。鍼灸師。藤沢市辻堂にある鍼灸院『鍼灸師 やまざきあつこ』院長。開業以来30年間、8万人の治療実績を持つ。1997年から2000年までテニスFedカップ日本代表チームトレーナー。プロテニスプレーヤー細木祐子選手、沢松奈生子選手、吉田友佳選手、杉山愛選手などのオフィシャルトレーナーとして海外遠征に同行。プロライフセーバー佐藤文机子選手、プロボディボーダー小池葵選手、S級競輪選手などの治療にも関わる。自律神経失調症の施術に定評がある。著書に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。 

●鳥居りんこ(とりい りんこ)
1962年生まれ。作家、教育&介護アドバイザー。2003年、『偏差値30からの中学受験合格記』(学研プラス)がベストセラーとなり注目を集める。執筆・講演活動を軸に、現在は介護や不調に悩む大人の女性たちを応援している。近著に、構成・取材・執筆を担当した『1日誰とも話さなくても大丈夫 精神科医がやっている猫みたいに楽に生きる5つのステップ』(鹿目将至著、双葉社)など。鍼灸師やまざきあつこ氏との共著に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。