見出し画像

女性鍼灸師の施術室より:過剰適応のせいでいじられキャラになってしまったあなたへ【黒い感情と不安沼】#3

不安。それはときに呪いや妬みといった黒い感情を引き寄せる、やっかいな感情。病気ではないので明確な治療法はないし、周囲の理解や共感も得にくいから、沼にハマると苦しくなります。やがて心は疲弊し、血流は悪化、体調は最悪に。心と体は一体だからです。女性鍼灸師のやまざきあつこさんの元には、そんな患者さんがたくさん訪れます。この連載では、8万人におよぶセッションを通じて彼女が導きだした、薬や医療に頼らないでそこから這い出る方法のヒントを伝えます。
☆第1話はこちらから。第2話はこちらから。

起立性調節障害の方にみられる環境への“過剰適応”

 椿さん(20歳)は、高1の夏休み明けから、学校に行けなくなってしまいました。登校しようとすると鉛のように体が動かなくなるのだといいます。
 
 椿さんの診断名は「起立性調節障害」。簡単に言えば、血圧や心拍を調整している自律神経の機能がうまく働いてくれない症状です。横になっている状態から立とうとすると、立ちくらみやめまいを起こしやすいという特徴があります。同時に倦怠感や頭痛、腹痛を感じることが多いので、学校や仕事に行きたくても、具合が悪すぎて行けないという結果に陥りがちです。夕方には回復したりもするので、理解がない人からは「怠け病」と責められることもあり、余計に悲しくなると思います。
 
 小学校高学年から高校生くらいの、どちらかと言えば女の子が発症しやすいのですが、特に気温が上がっていく春先から夏にかけてや、梅雨や台風などの低気圧が近付くときに症状が悪化することが多いです。
 子どもから大人へと身体が切り替わっていく思春期は自律神経のバランスが乱れる時期ではあるのですが、遺伝や性格、さらには過剰なストレスも発症の一因であると言われています。 
 
 椿さんは病院で昇圧剤などを処方されたようですが、生活リズムを自分なりに整え、薬もきちんと飲んでいたにもかかわらず、症状に改善が見られなかったために当院に来てくださった患者さんです。
 当院には、起立性調節障害の患者さんも多くおられますが(鍼灸治療は自律神経の乱れを整える効果に優れているんですよ)私は、その中の少なからずの人たちに、環境への“過剰適応”があるのではないかとみています。

キャラ設定が周知されると、子どもも大人も抜け出せず苦しくなる

 つまり、いい子過ぎるということです。周りに過剰に気を遣う傾向があるので、ストレス過多になり、それが自律神経を崩す要因になるのだと思うのです。特に、春は進学・クラス替え(就職・転職なども)といった環境の激変で発症リスクが増すので、要注意な時期。
 
 椿さんの場合も、高校進学がキッカケとなりました。
 
「先生、私、キャラ設定を間違えちゃった……」
 
 椿さんは、中学のときに仲間外れにあうという「イジメ」を受けていたそうです。彼女なりに原因を考えたところ、引っ込み思案な性格が「暗い」と思われたのではないか? と自己判断したそうです。
 
「それで、高校では違った自分になろう! と思って、中学の友だちが誰もいない高校に入って、高校デビューを狙ったんです」
 
 そこで、椿さんは根明でひょうきん者という自分を演出して、クラスに溶け込もうとしたらしいのです。
 
「でも、多分、ミスったのかな。どういうわけか、いつの間にか“いじられキャラ”になっちゃって……。いじりで傷付くんだけど、いじられているとき以外は、普通だったりもするんで、中学のときみたいにハブられるよりはマシだったんです。
 もちろん、抵抗っていうか、いじられたら嫌な顔もしてたんですが、なんていうのか、それやると逆にいじりがひどくなったりするんですよ。それなら、もう自分が我慢すればいいだけだからって思ってたんですが、ある朝、突然、どうしても起きれなくなっちゃって、学校はそれきりって感じです……」
 
 キャラ設定のミス……。私も元教員なので、椿さんの話す内容は手に取るように理解できるつもりです。そもそも、無理をしてまで自分を作る必要はなく、そのままの自分でいればいいはずなのに、子どもたちはまるでアニメのキャラクターのごとくに、自分にも他人にもキャラを当てはめて学校生活を送りがちです。しかも、一度、そのキャラが周知されてしまうと、そこからは抜け出せないのです。そのキャラと自分自身に開きがなければ、問題ないのでしょうが、椿さんのように、元々の自分と乖離していたり、望まない役割を強いられていたら、心は壊れてしまいます。子どもたちだけでなく、大人であっても、その違和感に苦しんでいる人は大勢いるのではないかと想像しています。 

メンタル不調を脱する4つの方法「気付く」「認める」そして……

 ただ、大人になれば、ある程度は「嫌な目にあってまで、友人と名乗る人と一緒にいなくてもよくない?」と考えられますし、さらには、もう一段、進んでいくと「お一人様、最高!」と満足できる暮らしをすることも可能になるのですが、学校時代は「友だちがすべて」という傾向があるので、椿さんのように心のバランスを崩して、酷(ひど)い症状を招くのは無理もないことなんですね。
 
「起立性調節障害」の具体的な治療法としては、鍼灸院であれば、鍼灸と共にマッサージを行いながら血流を促す。水分・塩分を少し多めに摂取し、ゆっくりと立ち上がるなどの動作に気を付けてもらう。さらに、昼夜を逆転しない生活リズムを作るということが大切になるので、日々、これらをコツコツと実行していただくようにしています。
 
 そして、先述したように「性格的」なことも大いに関係しますので、これも改善ポイント。思春期病とも言える起立性調節障害だけではなく、自律神経の乱れが原因で不調に陥っている場合に、メンタル面から不調を脱する4つの方法をお勧めします。
 
1 気付く
2 認める
3 蓄える
4 共存する
 
 まずは1の「気付き」ですが、不調を自覚することはとても大事です。「だるい」「お腹が痛い」などの不調は身体の声なのですから、素直に耳を傾けましょう。「今日も起きられなかった」と憂(うれ)えるのではなく、「起きられないほどに具合が悪くなっている自分」に「気付く」ということです。人間の体は痛みやしんどさを感じることによって、危険信号の点滅を知らせ、大事になる前に治癒させようとするのですが、現代社会は忙し過ぎるせいで、体の声を無視することが多いんですね。体は眠りを要求しているのに、それに気付かず、あるいはスルーして、深夜まで起きているなどは「あるある」です。不調を感じて、はじめて「体を痛めつけてしまった」ことに「気付く」のですが、「気付き」はとても良いこと。
「あ! 私、疲れてる!」と気付くこと。快調になるためのスタートは、ここです。
 
 そして、2の「認める」。「身体が重だるくて動けない」ならば、「情けない」「なんで、私がこんな目に?」と嘆くよりも先に、ご自身の今の体調を認めてあげてください。
「ああ、ここが痛いなぁ」という具合に、自分の体と向き合ってみるというイメージですね。
 椿さんのように不調の原因を自分なりに分析してみるのも良いことです。もし、思い当たる原因がメンタルにあるならば、起こった出来事を、まずはそのまま認めましょう。「アイツの言動がツラかった」「これが嫌で限界だった」など、自分の素直な気持ちをあなた自身が理解してあげることが大切。
 
 「認める」とは、起こった出来事の良し悪しをジャッジせずに、「なるほど、こうだったから、こうなったのか」というような流れを自分なりに理解するということです。「よくわからないけどいつも具合が悪い」「気力が湧かない」という漠然とした「不安感」を抱えるよりも、自分の性格の傾向を大まかでいいので分析してみると、立ち直るための心強い杖になりますよ。「ああ、自分にはこういう傾向があって、今、こうなっているな」と感じることは、対策を立てる準備になるので、やってみて損はないのです。
 
 そして、ゆっくりでいいので、気力回復のために3のエナジーチャージをする方法を考えましょう。椿さんは、体からの要望で強制的な休養命令が出たのですが、休養はエネルギーを蓄える一番の方法です。何故なら、人間は、元々、じっとしていることが苦手な生き物だから。気力がみなぎってくれば、誰でも、その人が望むような動き方をしたくなるようにできているのです。意外と、「今はゆっくりと休む時期だから、休む!」と開き直ったほうが、気力の戻りは早かったりします。もし、「休めない」ならば、心のダメージを別の何かで癒してあげる、あるいは「回復したら、やりたいこと」のリスト作りなどをしてみるのも効果的です。

自分の気持ちを偽ったら、生きるのがしんどくなる

 皆さん、基本は真面目な方ばかりなので、色々と解決策を模索なさいます。そして、大抵の場合、回復していくので大丈夫なんですね。でも、「心のクセ」はしぶとくて、性格改良はしにくいので、これから先も、生きるに当たって、「傷付いていないフリ」をして、ボロボロになってしまうこともあるかと思います。もし、メンタルダウンからの体調不良に襲われたならば、4のこのクセとの「共存」を思い出してください。「あ~、また、やっちゃった!」ってね。「しゃーない、これも自分だから、これを抱えて生きていけばいい」と思えばいいんです。ただ、ここまで来たあなたはもう学んでいるはずです。キャラ設定は創作物の中だけで十分。「自分の気持ちを偽ったら、生きるのがしんどくなる」ってね。
 
 椿さんは施術台の上で、薄皮を剥がすが如く、ゆっくりと、自己分析をしていき、その解決法を模索していたように見えました。
 やがて、椿さんは高卒認定試験を受け、大学に入学。その頃には、年齢的に思春期を脱したせいもあったかと思いますが、体調も落ち着き、当院にはメンテナンスに来るだけという状態まで回復しました。
 
 その椿さんが、先日、こんなことを言っていました。
 
「先生、本当の私は自己主張が苦手ですし、人と自分を比べてしまうんです。だから、それを見抜かれまいと、何を言われてもヘラヘラと笑ってやり過ごしてきたんだと思います。それが、傷付かないための唯一の防具のように思っていたんですよね。ひとりでいるのが嫌なのではなく、ひとりだと思われる自分が嫌だったのかな? でも、思ったんですよ。嫌な思いをしてまで、誰かと一緒にはいたくない! って。それならば、むしろひとりで、自分の興味ある世界を広げよう! って、吹っ切れたんです。そう思えるようになったら、肩の力が抜けたんですかね、すごく生きやすくなりました」
 
 椿さんは、大学の教室でひとり「推しの本」を読んでいたことがキッカケで、話しかけてくれた子と友だちになり、その縁で、仲間が仲間を呼び、心地よい友人関係が広がったといいます。今は、椿さん曰く“失われた中高時代”を取り戻す勢いで大学生活を楽しんでいるそうです。

●やまざきあつこ
1963年生まれ。鍼灸師。藤沢市辻堂にある鍼灸院『鍼灸師 やまざきあつこ』院長。開業以来30年間、8万人の治療実績を持つ。1997年から2000年までテニスFedカップ日本代表チームトレーナー。プロテニスプレーヤー細木祐子選手、沢松奈生子選手、吉田友佳選手、杉山愛選手などのオフィシャルトレーナーとして海外遠征に同行。プロライフセーバー佐藤文机子選手、プロボディボーダー小池葵選手、S級競輪選手などの治療にも関わる。自律神経失調症の施術に定評がある。著書に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。

●鳥居りんこ(とりい りんこ)
1962年生まれ。作家、教育&介護アドバイザー。2003年、『偏差値30からの中学受験合格記』(学研プラス)がベストセラーとなり注目を集める。執筆・講演活動を軸に、現在は介護や不調に悩む大人の女性たちを応援している。近著に、構成・取材・執筆を担当した『1日誰とも話さなくても大丈夫 精神科医がやっている猫みたいに楽に生きる5つのステップ』(鹿目将至著、双葉社)など。鍼灸師やまざきあつこ氏との共著に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。