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野口あや子「泥水をすすりながらシャンパンを飲む」天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ #6
10代後半にして歌人デビューし、順調に短歌界でキャリアを築いていた筆者が、あろうことか30代後半でラップに目覚め、フィメールラッパー歌人という荒野を拓いていく物語です。毎号、オリジナルの短歌とリリックを発表します!(#5はこちらから)
◆今月の一首
レペゼンpoet, お代わりしたいわ富と幸 一括で買った歌集で支度
一人フリースタイルをやるべき
伏見サイファー祭以降、サイファーに行ってもすっきりせず、モヤモヤする日が続いていた。モヤモヤしながらもなんとか生業をこなそうとルーム目当てにGRAVITYを開く。ここのところラップにハマりすぎてラップの合間に短歌を詠んでいるのか、短歌の合間にラップをやっているのかあやふやで、自分でも沼へのハマり方が恐ろしいくらいだ。よし、短歌作るぞとGRAVITYを開くとしばらくオンラインになっていなかった私のラップの師匠、Nさんがルームを開いている。なんて珍しい! ルームに入ると、Nさんも同じ気持ちだったのか、あやねえじゃん! と明るい声を上げた。久しぶりのオンラインでの再会に胸が高鳴る。
「どう、あやねえ、最近どうしてますん?」
「あー生業はまあまあ忙しく。あとGRAVITYサイファーはあんまりしてないけど、名古屋のサイファー行ってます」
「え、まじ?」
「だいたい毎週」
「そんなに!?」
「でもこないだ、バトルライブであんまりいい戦い方してなくて、ビートにも急かされてる感覚あって、不調です……」
「え、バトルライブまで出たの? え——! 弟子、頑張ってるな! ていうか俺、何にも知らなかったんですが!」
「でもまあすごいダサい負け方だったんですけどね」
「え——どんなんよ」
「うーん、相手がめちゃくちゃ韻踏んできて、私踏まないっていうか、踏めないじゃないですか」
「うんうん」
「で、二回目のバースで、こっちから下ネタ出しちゃって」
「え、どういう」
「I don't know、なんかわからないなりに韻を踏んでることはわかる、それよりそのシャツ脱いで向かってこいよ、でも正常位しかしなさそうな男だ! 私はもうちょっと上に行きたいな! って」
「あー、あやねえ、それは……それはよくない戦い方だわ!」
久しぶりに師匠からきついダメ出しが入る。
「なんつーか、男女でやると男がすぐそうなるっていうのを、先にやっちゃてるからなあ」
「え、どういうこと」
「男がけしかけるパターンもあるけど、あやねえは自分から性差の土俵に上がっちゃったわけじゃん、初手の攻撃をかわしてもうちょっとうまく相手の隙をつくみたいなやり方があるんだよな。例えばその前に相手は何言ってた?」
「インカ帝国。韻だけって韻踏めない言い訳乙」
「そうそう、そうすると、インカ帝国は相手にとってジャンプ台なわけじゃん、だからそこで〈言い訳乙〉にストレートに絡まずに、〈インカ帝国〉っていう相手にとってはあんまり思い入れのないところをついていくんだよ。あやねえなりのインカ帝国の知識とか、印象とか、そっからイメージ膨らませていくわけ」
「ええ、相当ハードル高い」
「まー、あやねえの好きなAwichとかもそうだけどさ、最初はシングルマザーで、自分の生まれとか、いろいろルーツを辿ってたので俺は好きだったけど、最近結構、攻撃重視っていうか、そういうエロネタを挟んでくるから、まあ、今のフィメールラッパーにもちょっと俺思うところあるけど……、あやねえ、R U M I聞いたことある?」
「あー、前お勧めしてくれましたよね……ない……です」
「あれ聞いてみな、で、あと、さっき言ってたビートにせかされてるって感覚は、まだやり込めてないからそうなるんだよ。サイファーもいいけど一人フリースタイルをもっとやるべき。どうしても相手がいるとアンサー返さないといけなくなるから、焦るし。一人フリースタイルを前提にしてサイファーに行くべき」
「おお、道は険しい」
「そりゃそうですよ」
期待ゆえか、最初は楽しめばいいという感じだった師匠もやけに厳しい。短歌でもコラボレーションを繰り返してきた私にとって、創作は誰かとともにやること、誰かとともにした体験が大きなモチベーションになっていて、サイファーも皆でやるから頑張ろうという気になっていたのが本音だった。自分のスタイルと向き合うための一人フリースタイル……。一人行動と言えば一人クリスマスも一人誕生日も一人海外旅行も一人映画も一人アフタヌーンティーも一人ラーメンもこなしてきたのに、ラップ仲間に出会った今、一人でやるラップは思ったより根気と努力が要りそうだ。これだから、友達ができると単独行動が難しくなるのか……万年ぼっちの逆発見だ。
「それで、できるだけフリースタイルをやるときは、同じ言葉を避けること。この言葉使ったなと思ったらその言葉はもう使わないこと。あと、これ大事なんだけど、R U M Iのバトル見たらわかるんだけど、下ネタを誘い水にされても、あのバトルみたいにうまく避けるんだよ。本質は性差とか、そこじゃないから」
「成り上がる」の精神
き、厳しい。でも性差については疑問が残る。自分のバトルがかっこ悪かったとはいえ、それもマジョリティーである男性側からの意見のような気もする。むしろ私はサイファーの時は男性を性的に描かないようにしながらも、「男には見えないこと、言えないこと」をバースにしてきた。
それは私の短歌の作風からもそうならざるを得なかったことだ。このエッセイの連載で最初に書いたリリック「ファッキンファッカー」のように、隠れた女性の優位性についてユーモアを交えて世の中をえぐることは、私には必要なスタイルに思えていた。そして抑圧からの解放の音楽の中で「今日はタクシーで帰ろうかな」「好きなアイスはハーゲンダッツ」というようなラグジュアリーさをフックにすることも、自分を大きく見せるだけでなく、こうして好きなことをこつこつと続けることで縁遠かった世界も近くなるというメッセージのつもりだった。でもラッパーは皆なぜか抑圧された自分に執着し、その上で「成り上がる」と明言する。
私はラップは大好きながらこの「成り上がる」という精神が嫌いだった。通信制の高校に通い、摂食障害と共存しながらバイトを続けていた頃、私の第一歌集『くびすじの欠片』は出版された。「短歌やることは応援するけど、やるなら自分のお金で」という親の意向のもと、自費出版が基本の、その費用も新車の車一台分と言われた世界で第一歌集が出せたのは、バイト代を全てそこに注ぎこんだからだ。私には大きな算段があって、それは二十一歳という当時の年齢は、歌集を出すならギリギリ最年少だったということだ。
三十歳くらいまで経済的安定を待って、自由に青春を謳歌した上で歌集を出すのもいいけれど、それでは私の病歴や学歴は不安定だし不利すぎる。周りには摂食障害であることや、不登校の経験や通信制高校生であることも大っぴらにしなかった。むしろそれで「苦境から短歌に導かれた少女」としてメディアに消費されるのが嫌だったのだ。でも、それより簡単に、かつ自分の実力で目立つ方法が一つだけある。それは最年少で短歌の芥川賞と呼ばれる現代歌人協会賞をとることだった。
その台所事情は誰にも言わず、親には「お金できたから歌集出すよ」と言い、編集者からの出版費用の請求書も「Bad Bitch美学」のリリックではないが、「一括で買った歌集で支度」を済ませ晴々と、しかも案の定という顔をして現代歌人協会賞を受賞した私は、とても爪に火を灯して歌集費用を貯めながら生活していた苦学生には見えなかっただろう。自分のキャリアのためにはそうするのが一番だったのだ。そのあと数歳違うだけの歌人や若い世代の歌集出版の経済的事情を聞くたび、社会人であるそれら多くの歌人が親や祖父母などから経済援助を受けることを前提に歌集を編んでいたと知って唖然とした。だから私の歌集はむしろ、出版社の周到な御膳立てか、親がよっぽど裕福かのどちらかだと思われていたらしく、皆何も聞かなかったし、その魔法の誤解を私はあえて三十歳を超えるまで解かなかった。
Be elegant or die
才能有り余らせて腐らせてdie? 荻窪で文学論語るしかなくて大往生?
マクドナルドで稼いだ金元手に手に入れたい紫綬褒章 これあると老後楽なんでしょう
マクドナルドのクルーかpoetとしてしか働けない私が乗った泥舟が
意外にも大河を越えていきそうだ
海に出たら何をしよう とりあえず海のことをリリックと短歌にしよう
彼に振られたらどうしよう とりあえずそのことを短歌にして金稼ごう
無駄なものは何もないように 歯磨き粉はチューブを切ってまで使うように
喜びも悲しみも怒りもギリギリまで作品に還元して有効活用
そのくらいクズじゃないと売文なんてできねえよ
朝起きて顔を洗う歯を磨く飯をくう そのどれかの工程を抜いてもパソコンには向かう
同時に通帳記入にも向かう
入ったギャランティーでダチとアフタヌーンティーにも向かう
エレガントな笑顔で人生もケーキもさんだん
軽やかに鮮やかにドス黒くdancing
泥水すすってシャンパン飲む技なら長けてるんだよな
納豆ご飯にすき焼きのタレかけると高級な味すんだよな
ゲロ吐いてもクソしても大事なのはエレガンス
成り上がりたいならまあそう言ってろ なんとか有言実行するんだろ
それができねえならゲットーか荻窪あたりでうだうだやってな
From me!
好きなアイスは絶対ハーゲンダッツ そう言ってもI needガリガリ君
エレガントでストロングなラップがしたい
「成り上がって」はいない。が、のし上がった。しかも内情はどうであれ、一番エレガントに見える方法で。「エレガントでストロングなラップがしたい」そんなバースを私は初め、GRAVITYのサイファーで吐いていた。それは今にして思えば、この経験から言えたことなのかもしれない。泥水をすすってのたうちまわっていると自ら言うことには不思議な快感がある。でも泥水をすすりながらシャンパンを飲むやり方を私は選びたいのだった。
フリースタイル、どこまでできるか。どこまで自分を見つめながら、サイファーという皆の輪に入るか。これが「自分のスタイル」を見つけることなのかもしれない。そう思ってバトルビートを聴きながら布団に横たわり眠りにつく。ひどく睡眠には悪そうだが、精神衛生上はとても気持ちが良い。来週のサイファーはどんなバースを蹴ろうか、そのことばかり考えながら。
「それですよ!」
柏原さんは叫んだ。東京出張中の、西麻布のカフェ。柏原さんは友人の小説家に紹介された小学館の編集者で、私のこれからの散文の仕事や、糊口を凌ぐための仕事の相談にもよく乗ってくれていた。その中で、当事者性のあるトピックスだったらウェブで仕事が回せるかも……という話になり、「短歌のレクチャーとか……」と言いつつ口籠っていたとき、「そう言えば通っている、中高生も参加してるサイファーが……」となかばやけくそでネタだしをしたところ、柏原さんの目は輝いた。
「そうですよね、最初会ったときもAwichのライブとか、ラップの話もしてましたもんね、え、どんな感じですか」
「えっと、二十歳前後の集団なんですけど、こないだラップした時、私が不登校経験があるって言ったら、そこの場でサイファーしてた連中全員不登校歴があって『今私たちマジョリティー』とかバースを蹴ってたんです、だいたい毎週行ってて」
「毎週?」
「あ、今日はこっちに出てきてるんで今週は出れないですけど」
「はあ、いや、でもそんなに?」
「で、歌人らしく見えるよう着物で行ってて」
「え、着物って」
「あ、でも足元はラッパーなんでナイキで……あ、恥ずかしいけどこんな感じです」
そう、和洋折衷の自撮りのインスタグラムを、柏原さんに見せる。
「こないだなんか、『動画撮影中に女は映るな』って言われたんで、『枕草子』、一人でラップしたりして」
「……いやいやいや、野口さん、これですよ、これ、やりましょう」
「え……?」
「これの奮闘記、書けますか」
「……え、ああ、ご期待通りのクオリティーになるかはわかりませんけど、まあ、書くのはもちろん……」
「じゃあ、試しに三千字くらい、書いてみて、送ってくれますか? まだわからないですが、なんとか仕事にしましょう」
「あ、はい、全然。ありがとうございます! どうぞご検討ください」
「いやあ、これいいですよ。この後は何の用事ですか」
「あ、知り合ったトラックメイカーさんと会います」
「……」
思いの外、沼は深かったらしい。
その夜、今までの経緯をざっくりとまとめたメールを柏原さんに送り「どのあたりをエッセイにするといいでしょう」と聞くと、「もうやることにしました。タイトル、『天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ』とかどうでしょう。できるだけ書きためてください」と、もう企画は固まってしまったのだった。
「いや、もう何も言うことないです。これ、すぐ連載にできますよ」
一ヶ月後の十月半ば、赤坂のルノアール。書きためたエッセイに柏原さんはほくほく顔だった。
「えっと、今回は何でいらしたんでしたっけ?」
「ええっと、大好きなブランドのケイタマルヤマの展覧会があって」
「ああ、野口さんファッションも好きでしたもんね、最初はそれも書きたいっておっしゃってましたもんね」
「あと、夜は新橋サイファーで」
「ええ……?」
「水曜日の夜って聞いて、展覧会とハマる日程がここで」
「……その写真も撮ってきてくださいね!」
「あ、はい! 友人に頼んでみます!」
友人というのは前、伏見サイファー祭に来たテレビの制作会社のおかんのことだ。彼女もあのイベントを見てからというもの、H I P H O P畑に興味が湧いているらしい。今回、新橋サイファーに行くと言ったら「私も行くよー」と快く一緒に行ってくれることになった。
二人とも勤勉な仕事人間のせいか、新橋サイファーの場所には十五分も早く着いてしまった。もちろん、誰もいない。なんとかストリートファッションに身を包んだ男性に声をかけ、「新橋サイファーのメンバーですか」と聞く。どうやら彼も主宰者のオサガリさんを待っているようだ。やはり時間には寛容な文化なのか、八時半からとポストされているサイファーが始まったのは九時ごろだった。それでも、続々と人は集まり、アンプに合わせてサイファーが始まる。伏見サイファーのようにマイクはなく、かつ大人数で、輪がいくつもでき、その中を出たり入ったり、かなりフリーダムなスタイルだ。会社帰りのサラリーマンや、二十代も半ば以上というメンバーが多く、大人のサイファーという雰囲気にまた違うものを感じる。最初に気がついたのはリュック率の高さ。皆会社帰りに、おそらくパソコンや書類など荷物を詰めて、かつ動きやすいリュックを選んでいるのだろう。おかんは私が初めてのサイファーに入っていく姿を少し遠くからスマホで撮っている。そんなおかんの動きを気にしながらも、気がつけば皆のバースに引き込まれている自分がいた。伏見サイファーは若年層が主流なためか、夢やこれからの生き方を力強くバースにしているメンバーが多く、ザ・青春という感じだけれど、新橋サイファーは社会人が主流で、言葉に人生の苦味と重みがあり、かつそれを乗り越えている軽やかさがあった。新橋サイファー、うまい……。ちょっとは伏見で慣れたと思っていたけれど、全然、かなわない。中には一人、女性のラッパーもいて、彼女の軽やかでタイトなラップにも舌を巻く。
「今日参加、初めてなんです」
ある参加者にそう告げる。
「実は用事があって名古屋から来てて、この日、サイファーがあるから寄ろうと思いまして」
「え、このために?」
「いや、このためではないんですけど、都合がついたので」
「へえー、すごいねえ。名古屋から参加か」
「私は東京住みなんですけど、行くって聞いてびっくりしました」
おかんが口を挟む。
「しかも女性でねえ、女性はあんまりやらないもんねえ」
ラップ沼に浸かり切った身としては、女性があんまりやらないと言われるのはなんだか情けない気分だ。もっとラップする女性、増えればいいのに。そんなことを思いながらもバイブスが足らないと、おかんとともに近くのコンビニでアルコールを買う。お酒に弱いので「ほろよい」を選んで一気飲みしたけれど、こんなぬるい酒では皆のバイブスについていけない。
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気づけば一時間半はラップしていただろうか。三十分刻みのスケジュールの中の疲れもあるが、これはかなわない、という新橋サイファーの軽みと深みのあるバースに圧倒されて、おかんとともにサイファーをあとにする。ほぼ初めて来た新橋は飲み屋が立ち並び、ちょっと座って一服したい気分だけれど、どこに入ればいいかわからないまま目移りしてしまう。とりあえず軽くつまんで飲めればいいや、と適当に居酒屋を選ぶ。仕事帰りのおかんはさっきのコンビニと同じくハイボールと焼きそばを、私は梅酒といぶりがっこクリームチーズのカナッペを選ぶ。
「いやー、すごいすごい、お疲れ様」
「そうね、うまいね、新橋サイファー。悔しいけど、正直、伏見よりも」
「わかる、上手い。大人の余裕があるね。軽く見せてるけど、ずしんとくるみたいな」
「そうそう、そうなのよ!」
そう言いながらカナッペと梅酒を交互に口に運び、つい漏らす。
「あー、圧倒されて帰ってきたけど、正直やり足りないなー」
「え、結構やってたじゃん、それにそれなりに離脱しては休憩してる人いる中で、野口ずっとやりっぱなしだったよ」
「伏見だと、これが三時間とか続くから」
「……やばいな」
おかんはそう呟きながら、ハイボールを飲む。
「でも、ちょっと心外だよね、女性はやらないって」
「いやいやいや、まあそれはそうだけど、普通上京して時間があるからって、そんな見も知らないメンバーとふらっとサイファーしませんて、こんな夜中まで都合つけて」
「だってちょうど空いてたし」
「だから! 問題なのは空いてたからって飛び込む度胸の方だって!」
うーん、とその度胸、という言葉を自分の中に転がす。いまいちピンとこない。
「ねえ、明日は何するの?」
「ああ、続けてケイタマルヤマの展覧会」
「そうだったね、じゃあ、その朝、表参道でちょっとおしゃれなモーニングでもしない? 明日出社遅いし」
「いいね! おしゃれモーニング」
二人とも名古屋文化に染まっただけあって、モーニングという言葉が自然と出てくる。酔いも回っている中、スマホで表参道のカフェをサーチし、今帰れば明日はここに楽々、十時にはいけるでしょ! 早めに来た方が席取っておくスタイルで! と約束して解散する。が、宿についてもなかなか頭からビートが離れなくて眠れず、何度もカプセルホテルで寝返りを打っていたら明け方近くまで目が冴えていた。もちろん、チェックアウトの十時ギリギリ起床、おしゃれモーニングの表参道まで、どスッピンで走ることになる。
#7に続く(3月中旬に更新予定です)
◎プロフィール
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のぐち・あやこ/1987年岐阜県生まれ、名古屋市在住。2006年、「カシスドロップ」にて短歌研究新人賞受賞。2010年、第一歌集『くびすじの欠片』にて現代歌人協会賞を最年少受賞。ほか歌集『夏にふれる』『かなしき玩具譚』『眠れる海』。岐阜新聞にて月一エッセイ「身にあまるものたちへ」連載中。