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編集日誌 #2 創刊ラインナップのこと

 先週、「読書百景」が無事オープンし、まずはひと安心です。好意的な反応もたくさんいただきました。ありがたい限りです。

 遅ればせながら、創刊にあわせて連載を開始した作品についてご紹介します。まずは稲泉連さんの『ルポ 読書百景』。媒体名を付したタイトルが示す通り、看板連載です。「読書」という行為に、新たな光をあてたいという意気込みで企画しました。

 筆者の稲泉連さんとは、被災地の書店をルポしたノンフィクション『復興の書店』からのお付き合いです。稲泉さんは丁寧で地道な取材と、豊かで繊細な文章に定評があります。「3・11」によって東北の書店は大きな被害を受けました。そこから立ち上がる書店員たちの奮闘や、本や活字を求める人びとが被災地の書店に列をなす光景を、稲泉さんは活写しました。

 本に携わる人間なら誰しも心を動かすレポートでした。一方で、東北の書店を脅かした直接の原因は大地震であっても、それ以前から活字離れやネット書店の浸透によって、経営に苦しんでいたという事実も、おのずと浮かび上がってきます。

 書店がない市町村が全国で26%にのぼるともいわれる現在。同書が紹介した、書店は町のご神木のようなもの(だった)、という被災者の言葉は示唆的でもあります。『ルポ 読書百景』は、10年後に振り返ったときどういう意味を持つのか。時折、考えながら、稲泉さんの取材に同行しています。

 続いてアンナ・ツィマさんの『ニホンブンガクシ 日本文学私』です。チェコ人作家にして、日本文学の研究者という顔を持つ彼女は、『シブヤで目覚めて』という不思議な小説によって、欧州で高い評価を得ています。シブヤとプラハ間で魂を行き来させ、村上春樹から高橋源一郎まで日本文学カルチャーを存分に盛り込んだ物語からは、欧米人の東洋趣味とは次元の違う、凄み(今風にいえばヤバみ)を感じたものでした。

 プロフィールを調べると日本在住とのこと。ならば、と、アンナ・ツィマさんに会いに行ったのは、1年ほど前だったと思います。中央線のとある駅のファミレスにやってきた彼女は、ひょうひょうと自らの近況を語り出しました。

 当初は、次なるチェコ語小説の構想でも伺おうか、ぐらいの軽い気持ちでした。しかし、こないだ大江健三郎作品のチェコ語翻訳をして苦労しましたよ!ーーとご本人が笑いながら話す姿に接し、ある企みがおりてきました。大江文学という沼にハマるぐらいの方だから、きっと“日本語”の文章も巧みだろう、日本語でエッセイでも書いてもらおうか……。

 そんな無茶ぶりをすると、是非やってみたい、と彼女は言います。それまで、短いメールのやりとりでしか彼女の日本語の文章に触れていなかったので、すこしドキドキ、だけどワクワクしながら原稿を待ちました。そして届いたのが今回の文章です。国や言語を超越するかのようなユーモアセンスに驚きました。日本文学史を、彼女の個人史と融合させるという試みの本作は、『シブヤで目覚めて』と表裏をなすものになると思っています。

 続いて本日、初回をアップしたのが「国境なき医師団」白川優子さんの『紛争地の仕事』です。白川さんのデビュー作『紛争地の看護師』を担当したのは、中東が、いや世界が「イスラム国」の脅威に晒されていた頃でした。シリアやイラクで、医療活動をしている「国境なき医師団」の看護師がいるという新聞記事をたまたま目にして、執筆をお願いしました。

 彼女は、戦争の恐ろしさを、国家や外交という大きな主語ではなく、市民や患者という小さな主語、そして地べたの視点から紡ぎ出します。なにより、そこには感情が宿っていました。怒りや悔しさ、そして悲しさ。患者たちの思いを筆にのせた彼女のレポートは、当時も今も、唯一のものだと思います。

 それから6年が経ち、白川さんはいま「国境なき医師団」事務局でリクルートを担当しています。人材を発掘し、現地に送り出すことが新たなミッションです。戦地からは距離を置きました。人びとの憤りに直接、触れることもなくなったでしょう。しかし、だからこそ見えてきたものがある、という話を彼女から伺いました。新連載「紛争地の仕事」は、彼女自身が取材者となり、同僚たちの肉声を届けながら、かの地で暮らす人びとの痛みを描き出す試みです。

 以上、ご紹介した三つのうち、二つは”読書バリアフリー”とは直接の関係はありません。しかし、「読書をひらく」「壁を越える」という点で、繋がっていると考えています。ご高覧いただければ幸いです。

最近、訪れた福島の風景です(本文とは関係ありません)


「読書百景」編集長
柏原航輔