西谷格「コーランはすべて燃やした」一九八四+四〇 ウイグル潜入記 #8
◆4章 ヤルカンド
「二日月」のレストラン
ホータンで見られそうなモスクは回れたので、次の街を目指すことにした。オーストラリア戦略政策研究所のウイグルマップで破壊されたモスクや収容所の多そうな街に目星を付け、莎車(ヤルカンド)という小さな町を選んだ。それらを意味する赤や黄色の丸印が、地図上でとりわけ多かったのだ。
ホータンからヤルカンドまでは、汽車で3時間ほどだった。少し贅沢かとは思ったが、一等の寝台車を予約した。個室の4人部屋の上段ベッドから下を見下ろすと、3人の中高年の漢族がスイカの種などをつまみながら随分と賑やかに酒盛りをしていたが、このぐらいは想定の範囲内。寝転がりながら至極快適な鉄道旅行となった。
ふと個室を出て窓外に目を遣ると、地平線のほうまで荒地や砂地が続いていて思わず感嘆の声をあげた。日本では見たこともない景色だ。誰かと話したい気分になり、すごい景色ですねえ、とたまたま隣に立っていた漢民族らしき中年男性に声をかけた。彼はこれから仕事でカシュガルへ赴くところだという。なんと日本の埼玉県で留学経験があり、日本企業の上海支社で長年勤務していたそうだ。
「日本語はもうほとんど忘れちゃいましたけどね」
ということで日本語で会話するには至らなかったが、川口だったか川越だったか、そんな埼玉県の地名を新疆で聞けたことは、不意に心温まるように感じられた。しばらくすると、雄大な風景も見慣れてしまい、あとはひたすら単調にしか見えなくなった。
夕方過ぎ、ヤルカンドの駅に到着し、改札口でパスポートの提示を求められた。改札機に備え付けのスキャナーではなかなか読み込むことができず、警官が写真を撮ってどこかにウィーチャットで送り、手続き完了ということになった。
駅前はだだっ広く、周囲に商業施設はほとんどない模様。さっさとホテルに向かうほうがよかろうと思い、客引きをしているタクシーにこちらから声をかけた。
幹線道路を突っ走り、ホテルの位置する交差点まで着くと、交番の横に巨大な屋外広告パネルが設置されているのが目に飛び込んできた。高さ20メートルほどの鉄柱が、横長の液晶パネルを支えている。
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本連載は、上海在住経験があり、民主化デモが吹き荒れた香港のルポルタージュなどをものしてきた西谷格氏による、中国・新疆ウイグル自治区の滞在記…