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水谷竹秀「プロローグ」 叫び リンちゃん殺害事件の遺族を追って #1

プロローグ

  暗闇の中に慟哭どうこくがこだましていた。

 一人の男がもだえ苦しんでいる。ノートパソコンのスクリーンには真っ暗な画像だけが映し出されており、時折、天井に取り付けられた蛍光灯がぼやけて見える。音声はベトナム語のようだが、私には何を言っているのかさっぱり理解できない。画像の下のほうには字幕が表示されていた。

リンちゃんの父:父は無力でした。リンちゃんごめんなさい。リンちゃんはとても愛しています。

リンちゃん:痛いの声が出ました。うううううう、あああああ

リンちゃんの父:父はリンちゃんがこのような痛いことが分かったが、リンちゃんはどこにいるのか分かりません。

リンちゃんの父:ハオではないです。リンちゃんですよ。

 叫び声に交じって、足を地面にバタバタさせる靴音も聞こえる。

 この動画を険しい表情でじっと見ているベトナム人男性のレェ・アイン・ハオさん(取材当時37歳)は、途中で右手を固く握りしめていた。

 千葉県松戸市六実にある、ハオさんの自宅での出来事である。

 動画の再生時間は約15分。撮影日は2017年3月26日で、場所は千葉県警我孫子署だった。ハオさんの娘、レェ・ティ・ニャット・リンちゃん(当時9歳)が同日朝、我孫子市北新田の排水路脇で遺体となって発見された直後のことだ。小学3年生のリンちゃんはその2日前の24日午前8時ごろ、通っていた松戸市立六実第二小学校の修了式に出席するため家を出た後、行方が分からなくなっていた。警察や学校関係者による懸命の捜索は実を結ばず、リンちゃんは何者かに殺害されていた。首には絞められたような痕があった。その日は朝から雨が降り、遺体は衣類を身に着けていなかった。

動画を見つめるハオさん 筆者撮影

 警察からの一報を受けたハオさんは、リンちゃんの遺体と対面するため、我孫子署に向かった。案内された待合室ではスマホの録画ボタンを押し、胸のポケットに入れっぱなしにしていた。画像が真っ暗だったのは、レンズが胸のポケットに覆われていたためだ。その間、ハオさんは泣き叫んで暴れ出すため、警官4人に両腕、両足を取り押さえられ、拘束されていたという。

 それにしてもなぜその場面を録画しようと考えたのか。

 ハオさんは、たどたどしい日本語でこう答えた。

「リンちゃんの魂と会話し、犯人が誰か分かると思ったから。犯人がどんなもんか分かるかなと思ったので、記録しないといけないと思った。犯人がどんなもんかとリンちゃんに聞いたんですから。名前とか教えてください、と」

 リンちゃんの魂との会話の中で、犯人像が浮かび上がるかもしれないと直感し、咄嗟とっさに録画したという。ハオさんがリンちゃんに問いかける。すると、ハオさんの口からリンちゃん自身の声が発せられる。

 私はオカルト的な現象をあまり信じていない。魂との会話などあり得るわけがないと思っている。それでも、ハオさんがのたうち回るような叫び声を聞いていると、まんざらではないという気もしてくる。とにかく一度聞くと、あの叫び声はあまりに強烈すぎて、頭から離れない。

 その日からおよそ3週間後の4月14日、犯人が逮捕された。

 リンちゃんと同じ学校の保護者会「二小会」の会長を務めていた、しぶやすまさ(当時46歳)という男だ。毎朝、通学路に立って見守り活動を行い、リンちゃんとは顔見知り。六実駅前に建つ4階建てマンションに住み、リンちゃん宅からは徒歩5分の距離だった。

 社会的立場を担うはずのその姿とは裏腹な凶悪さに、事件は世間の耳目を集めた。連日連夜の報道合戦が続き、週刊誌には澁谷の性癖にフォーカスした見出しが並んだ。

『ロリコン保護者会会長の46年』

『凌辱鬼の素性』

 各新聞紙も事件の深刻さを強調していた。

『「見守り役」に衝撃』

『子供の安全守るはず』

 いずれも事件が社会に与えた影響を物語っていた。一方で、被害者リンちゃんの父、ハオさんら遺族の姿は、澁谷という存在の強烈さにかき消されてしまい、よく見えてこなかった。報道されているのはせいぜい「私の心はとてもつらい」「犯人を早く処罰したい」といったコメントで、行間を読むにしてもあまりに短すぎた。

リンちゃんと上野公園にて ハオさん提供

 私は新聞記者やライターとしてフィリピンに10年以上住んでいた経験から、主に東南アジア地域の在留邦人が抱える問題や、在日外国人の取材を重ねてきた。オーストラリアではカメラマンとして1年以上働いた。そんな自分の過去があったため、異国の地で暮らすうえでの大変さを少しは理解しているつもりだ。その視点を踏まえれば、もっと違った角度からこの事件の構造をとらえることができるのではないか。そう思った私は、発生から数カ月後に取材をスタートさせた。その頃にはすでに澁谷は逮捕、起訴されていたが、初公判の日程も決まっておらず、これといった動きは特になかった。

 最初は私も、その他大勢のメディアと同じく犯人像を追い掛けていた。やがて澁谷への面会を繰り返すようになったが、事件に関しては信ぴょう性のある証言を引き出せず、次第に面会する意味を感じられなくなっていた。

 これと並行して取材を進めていたハオさんについては、澁谷以上に話を引き出すのが難しかった。同じ東南アジアに住んでいた私の経験が活かせるどころか、そんなバックグラウンドなど見向きもされなかった。こちらの問いかけに反応せず、相手にされていないのが分かった。私に限らず、メディア全体に対して完全に心を閉ざしていた。

 遺族感情の難しさ、繊細さに初めて触れたような気がした。それでも取材を重ねるうちに徐々に口を開いてくれるようになり、愛娘を失った悲しみに打ちひしがれる裏で、内に秘めた揺るぎない芯の強さを感じた。あえて言葉に置き換えるとすれば「執念」という一語になるだろうか。ハオさんからしたら異国の地、日本で、遺族としての信念のようなものを曲げずに貫き通しているのである。同時に時折、突拍子もない言動に走ることもあり、私は何度も当惑させられた。我が子を殺害された親に接触を続けるというのは、そうした戸惑いの連続なのだろうかと、自分に言い聞かせてみたりもした。

 ハオさんが冒頭の動画を私に見せてくれたのは、そんな取材を続けてすでに2年近くが経つ、2019年夏の終わりだった。ハオさん自身も、動画を他人に公開することで誤解を抱かせてしまうことは覚悟していた。一方でこうも言う。

「動画を見て内容理解すれば、私が今までやってきたこと分かります」

 だが、私にはいつまで経っても理解できなかった。

◎筆者プロフィール
みずたに・たけひで/1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。新聞記者やカメラマンを経てフリーに。2004〜2017年にフィリピンを拠点に活動し、現在は東京。2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかに『だから、居場所が欲しかった。』『ルポ 国際ロマンス詐欺』など。