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女性鍼灸師の施術室より:相手に合わせすぎて自分の欲求がなんなのか迷子のあなたへ【黒い感情と不安沼】#10

不安。それはときに呪いや妬みといった黒い感情を引き寄せる、やっかいな感情。病気ではないので明確な治療法はないし、周囲の理解や共感も得にくいので沼にハマると苦しくなります。やがて心は疲弊し、血流は悪化、体調は最悪に。心と体は一体だからです。女性鍼灸師のやまざきあつこさんの元には、そんな患者さんがたくさん訪れます。この連載では、8万人におよぶセッションを通じて彼女が導きだした、薬や医療に頼らないでそこから這い出る方法のヒントを伝えます。
☆第1話はこちらから。第9話はこちらから。

★★この連載が書籍化されます!!★★
全10回の連載に大幅加筆して、小学館より2月下旬に発売予定です。
タイトルは連載と同じく『黒い感情と不安沼: 「消す」のではなく「いなす」方法』。Amazonにて予約受付中です。

「本当はこうしたかった」希望は、心の奥底に静かに沈殿していく

 S N Sに翻弄される人がいます。
 藍(あい)さん(22歳)もその一人でした。LINEが来たら即返しないといけない感覚になるし、返信を打てば打ったで、この文章では失礼に思われたのではないか? と気になりだす。絵文字の量、「!」を使うべきかまで、相手に合わせているうちに正解がわからなくなって疲れ果て、結果、既読スルーに。今度は非常識のレッテルが貼られたに違いない、と、悶々(もんもん)とすることが多いといいます。
「返事は自分の都合良きタイミングでいいし、文章も考え過ぎずに、正直な自分の気持ちのままでよくない?」と申しましたら、藍さんが言ったのです。
「先生、私、もはや、正直な自分がわからないんです」
 
 藍さんのように“迷子”になっている人は意外と沢山います。
 
 相手に合わせ過ぎると、やがて、自分が何を欲しているのかさえもわからなくなるんですよね。例えば、打ち合わせの席上で「何、飲みます? 珈琲、紅茶、緑茶。アイスもホットもあります」と聞かれたとしましょう。はじめに珈琲の気分かな? と思ったとしても、藍さんのように「他人優先」を貫くことに慣れ過ぎると、つい「(あなたが入れやすいので構わないので)なんでも大丈夫です」って言っちゃいがちです。
 理由はふたつあって、相手の手を煩(わずら)わせることに、罪悪感を覚えること。そして、藍さんが言ったように「もはや、自分の本当の気持ちが自分でもよくわからない」という場合が多いんです。人に合わせるのは得意なのにね……。これは、平和主義者で、やさしい女性に多い“症状”。相手になるべく迷惑をかけまいとするやさしさは長所ですから、それ自体は大いに褒められてしかるべきですが、行き過ぎは問題です。
 なぜなら、叶(かな)えられなかった「本当はこうしたかった」という希望は、たとえ小さなことであっても、心の奥底に静かに沈殿していくから。それが習い性(しょう)となると、いずれは自分のささやかな望みすらも、見えなくなってしまいます。
 しかも、心の底に埋もれた“小さな悲しみ”は消え去ったわけではないので、ふとした瞬間に浮き上がってくるのです。

自分の咲く場所は、自分で決めましょう

 聞けば、藍さんは次女で、幼い頃からお姉さんのお下がりが多かったといいます。
「成人式の振袖もそうで、もう問答無用に『お姉ちゃんのでいいわね』でした。私には最初から選ぶ自由もなくて、逆らっても、母が不機嫌になるだけ。家庭内の空気が悪くなるのは嫌なので、姉の振袖で出ましたけど、あれは悲しかったですね。レンタルでいいから、自分で選びたかった。それを友だちに愚痴(ぐち)ったら、『着させてもらえるだけいいじゃん? 贅沢な悩み』と一笑に付されておしまいです。これって、贅沢な悩みですか?」
 藍さんは親の勧めで中高一貫校に入学。理由はお姉さんがその学校に通っていたからだったそうです。
「先生、信じられます? 校則ガチガチの学校で、私、仮面を被って、生きてたんです」
 アイドル好きなクラスメートがいたら、その子らに話を合わせ、顔にはいつも笑顔の鉄仮面が張り付いているような気がしていたそうです。
 大学も「ここなら推薦できる」と言われた、拒否するには惜しいけれども、それほど興味を持てない学部に入り、就活へ。数十社受けたものの、全くうまくいかず、ついにダルさMAXで起き上がれなくなったといいます。
 
 藍さんが親や学校から暗に躾(しつ)けられた「人の迷惑を考えて」「置かれた場所で咲きなさい」は一見、素晴らしい行動にも見えますが、常にそれでは他人を優先しすぎ。自分の心を消すことにもなりかねません。
 「選ぶ自由がなくても仕方ない」「私さえ我慢すれば丸くおさまる」「争いをするくらいなら相手に合わせる」という発想は昭和平成で終わり。自分の咲き場所は自分で決めましょう。「私はこうしたい」と思って、行動することは、わがままでもなんでもありません。   
 逆に、自分自身の思いすらも大切にできない人が、どうして他人を思いやれるでしょうか? 自分を優先することは、他人を否定することには当たらないんですよ。
 自分の人生は自分だけのもの。あなたが行動しない限り、行きたい場所には行けません。

自分で決めて沢山転んでいるうちに、足腰が丈夫になっていく

 体の調子が悪いのは、「他人ファースト」にしなければならないという呪縛のせいかもしれませんよ。
 もし、心身共に元気になりたいのなら、まずは「この場合の相手の正解は何だろう?」とイの一番に考えるクセをやめてみませんか。私に言わせれば、この世に正解なんてものはほぼないです。どれを選んだとしても、手探りだから、躓(つまず)いて転んで失敗ばかりでしょう。でもね、それがいいんです。
 自分自身が「わかんないけど、私はこっちにする!」と決めた道ならば、転んでも、自分のせい。人のせいにできないから、自分で立ち上がるしかない。また立って歩けばいいんですよ。そうやって、沢山転んでいるうちに、足腰が丈夫になっていくというもの。そのほうが、自分の人生を生きている実感が湧くと思います。
 
 藍さんは数回の施術でダルさが消え、徐々に体も元気になっていきました。
 
「先生、この私を採用しなかった会社は見る目がないから、きっと潰れます!(笑)」と冗談を飛ばすようになった藍さんは、ほどなくして、進路を決めました。それは、親の反対を押し切って進む職人さんの道。「実は前から興味があった」そうです。
 採用が決まった日、電話越しに藍さんが言いました。
「私、生ビールが飲みたい気分なので、今からひとり居酒屋に挑戦してきます!」
 そうです。飲みたい物は自分が一番よく知っている。この場合の正解は、やはりビールだと思います!(笑)
 その夜、仕事終わりに私が飲んだ缶ビールも格別な味がしたのは言うまでもありません。うん、飲みたい物は自分で決めましょう。

●やまざきあつこ
1963年生まれ。鍼灸師。藤沢市辻堂にある鍼灸院『鍼灸師 やまざきあつこ』院長。開業以来30年間、8万人の治療実績を持つ。1997年から2000年までテニスFedカップ日本代表チームトレーナー。プロテニスプレーヤー細木祐子選手、沢松奈生子選手、吉田友佳選手、杉山愛選手などのオフィシャルトレーナーとして海外遠征に同行。プロライフセーバー佐藤文机子選手、プロボディボーダー小池葵選手、S級競輪選手などの治療にも関わる。自律神経失調症の施術に定評がある。著書に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。 

●鳥居りんこ(とりい りんこ)
1962年生まれ。作家、教育&介護アドバイザー。2003年、『偏差値30からの中学受験合格記』(学研プラス)がベストセラーとなり注目を集める。執筆・講演活動を軸に、現在は介護や不調に悩む大人の女性たちを応援している。近著に、構成・取材・執筆を担当した『1日誰とも話さなくても大丈夫 精神科医がやっている猫みたいに楽に生きる5つのステップ』(鹿目将至著、双葉社)など。鍼灸師やまざきあつこ氏との共著に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)。